りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

マイクロスパイ・アンサンブル(伊坂幸太郎)

猪苗代湖を会場とした音楽とアートのイベント「オハラ☆ブレイク」で配布する短い読み物として、7年に渡って書き継がれた連作短編が書籍化されたもの。ライブに出演したバンドの「The ピーズ」と「TOMOVSKY」の曲の歌詞を引用しながら書かれた作品は、「猪苗代湖畔の秘密基地に侵入してはトラブルに巻き込まれるスパイ」のパートと「就職したものの会社員として苦労する若者」のパートから成り立っているのですが、両者の間には意外なつながりがあったのです。

 

父親や友人たちの暴力から逃げて来たところを、任務を遂行して逃亡中のエージェント・ハルトに救われた少年は、数年の間に立派に成長。ひとりだちして今度は、味方の裏切りで捉えられたエージェント・ハルトの救出に向かいます。どうやらこの世界はナノレベルに小さいものであり、任務のたびにいつも現れる謎めいた救いの手は、普通の人間社会から送られてくるようなのですが、2つの世界にはどのような接点があるのでしょう。

 

失恋や失言を繰り返す若手社員の松嶋は、なぜか猪苗代湖と縁が深いのです。もともと会津出身であり、出張やデートで訪れるたびに不思議な体験をするのですが、まさか彼がマイクロスパイの世界と交差することになるとは想像してもいなかったでしょう。見えていることだけが世界の全てではなく、知らないうちに誰かを助けていたり、誰かに助けられたりすることもあるのです。

 

少年の世界も松嶋君の世界も、「不」や「失」や「無」で始まるネガティブな言葉でいっぱいです。しかしそれらは全て「不思議」というマジカルワードで一発大逆転を起こします。そうなっても不器用な生き方を変えようとしない主人公たちは、まぎれもなく「伊坂ワールド」の住民ですね。ほとんど論理的には意味不明な作品ですが、著者の思いは伝わってきます。

 

2023/9