りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

こうしてあなたたちは時間戦争に負ける(アマル・エル=モフタール/マックス・グラッドストーン)

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ある平行世界で巨大帝国を壊滅させるミッションを成功させた「エージェンシー」の工作員レッドが、激闘を終えた静寂の中で「ガーデン」の工作員ブルーからの手紙を発見したところから物語は始まります。ネットワーク型組織の「エージェンシー」と植物的共同体の「ガーデン」は、時空の制覇を求めて、あらゆる時代と場所に工作員を送り込んで永い暗闘を続けている究極の仇敵同士だったのです。

 

本来であればスパイ活動を疑うべきなのに、レッドはブルーの手紙に返信してしまいます。かくして両陣営のトップ工作員間の文通が、最高級の隠蔽の中で開始されるのです。沈みゆくアトランティス、捕えられた予言者、大航海に乗り出すインカ帝国、破壊される小惑星や宇宙船、チンギス・ハーンやナポレオンやイギリス帝国やヒトラーの野望の陰で企まれる工作の後に、相手からの手紙が届けられるようになっていき、ずっと孤独だった2人の間に流れる感情は、いつしかライバル意識から愛情に・・。しかしエージェントを監視し続ける両陣営のトップも、両陣営の上位にいるらしき存在も、2人を見過ごしてはくれません。やがてレッドはブルー暗殺を命じられるのですが・・。

 

「007/私を愛したスパイ」をはじめとして、敵対陣営のエージェント間の恋愛ストーリーは数多くありますが、本書のテーマは「ロミオとジュリエット」寄りですね。殺害されたブルーから最後の手紙を受け取ったレッドは、最後のミッションに乗り出します。愛し合う2人が両陣営に対して勝利するために・・。

 

とにかく面白い作品でした。古今東西の詩人や作詞家による「予言」を引用しつつ綴られる手紙の内容が古典的であるのに対し、手紙を潜ませる手段が奇想天外なのです。巨人族の遺伝子や、巨木の年輪や、注がれた茶葉の回転や、夕陽が織り成すスペクタクルなどが、特定の相手に向けたメッセージだというのですから。このあたりはかなり楽しんで書かれたのではないでしょうか。なお本書は、女性(アマル)と男性(マックス)の共著ですが、レッドとブルーは2人とも女性という設定です。もっとも工作のたびに、非人類を含む様々な身体を用いるエージェントにとっては、性別など無意味なのでしょう。

 

2022/3