1.緑の天幕(リュドミラ・ウリツカヤ)
スターリンが亡くなった1953年に10歳だった著者が、同世代の男女を主人公として描いた大河小説です。幼馴染である3人の少年たちと、彼らの人生と交差する3人の少女たちの半生から浮かび上がってくるのは、「強権的な国家に対する抵抗」というテーマです。そして体制派も反体制派も押し流していく強大なシステムに対抗しえるものは、文学、音楽、芸術、哲学、宗教などの「文化」なのでしょう。個人崇拝復活の機運を危惧している著者の意図は明確ですが、80歳近くなっている彼女は、プーチンの暴挙について声をあげることができるのでしょうか。
1.こうしてあなたたちは時間に負ける(アマル・エル=モフタール/マックス・グラッドストーン)
あらゆる時間と平行世界の覇権を争う二大勢力の工作員として敵対関係にあるレッドとブルー。幾多の時間線で交戦を重ねていく中で、2人の女性は互いを好敵手として意識しはじめ、ついには組織の監視をかいくぐって秘密裏に手紙を交換するようになっていきます。そこに生まれたのは愛なのでしょうか。そして2人は組織に叛旗を翻すに至るのです。スケールが大きい物語背景と、奇想天外な交信手段と、古典的な様式で綴られる手紙のアンバランスを楽しめる作品です。
2.オルガ(ベルンハルト・シュリンク)
19世紀末に生まれて激動の20世紀を生き抜けたヒロインは魅力的な女性でした。ドイツ辺境の農村で祖母に育てられたオルガは、周囲の反対を乗り越えて教育を受けて経済的に自立し、農場主の息子ヘルベルトとの交際を育みます。ビスマルクからヒトラーに至るドイツの拡張主義が、個人のささやかな幸福への願いを踏みにじっていく時代の中で、彼女はどのような人生をおくったのでしょう。『魅せられたる魂(ロマン・ロラン)』のアンネットのことを思い出しました。
3.総理の夫(原田マハ)
閉塞感漂う日本の中で、最も空気が淀んでいるのが政界でしょうか。そこに新風を吹き込もうと試みる小説も多い中で、本書が持ち出してきたのが「女性総理」。同じテーマの『標的(真山仁)』は現実的なドロドロ感を引きずっていますが、こちらはかなりエンタメ寄りで「抜け感」があります。女性総理誕生の経緯も、彼女が打ち出した政策も、国民の熱狂も、夫婦愛による陰謀打倒も、全部が現実離れしていますが、このくらいしないと奇跡は起こりませんよね。読後感は爽やかです。
【その他今月読んだ本】
・アカガミ(窪美澄)
・雨の日は、一回休み(坂井希久子)
・明日は遠すぎて(チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ)
・十二の風景画への十二の旅(辻邦生)
・第九の波(チェ・ウンミ)
・フーガはユーガ(伊坂幸太郎)
・正欲(朝井リョウ)
・カミサマはそういない(深緑野分)
・あまりにも騒がしい孤独(ボフミル・フラバル)
・対岸の家事(朱野帰子)
・樽とタタン(中島京子)
・ファットガールをめぐる13の物語(モナ・アワド)
・七年の夜(チョン・ユジョン)
・キネマの神様(原田マハ)
・夜空に泳ぐチョコレートグラミー(町田そのこ)
・輝山(澤田瞳子)
・元禄お犬姫(諸田玲子)
2022/3/30