りぼんの読書ノート

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元禄お犬姫(諸田玲子)

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徳川5代将軍綱吉の時代を象徴する出来事といえば、「生類憐みの令」と「赤穂浪士討ち入り」でしょうか。京都・奈良の寺社を再興させたり、新井白石・室鳩巣などの儒学者を輩出させたり、近松西鶴芭蕉らを生んだ元禄文化を興隆させたなどの功績は、歴史物語としては影が薄い感があります。本書も2大事件を中心として物語が展開していきます。

 

この時代には犬を飼うことがリスクとされて捨て犬が増えたようです。法令が逆効果だったわけですが、増えた野犬を保護するために各地に大きな犬小屋が建てられました。現在の中野には29万坪もある巨大な犬小屋が建てられ、10万匹以上の野犬が収容されたとのこと。本書の主人公である知世は、犬小屋支配を努める森橋家の娘であり、どんな犬でもたちどころに手なずけていまうことからついた呼び名は「お犬姫」。その一方で悪役の「盗賊お犬党」の女首領・香苗は、先祖伝来の土地を犬小屋建設のために取り上げられた農民たちの代表なのです。

 

盗賊お犬党と香苗には同情の余地が大きいのですが、幕府への復讐心がエスカレートするあまり、ついには無数の犬たちに燃える荷車を引かせて巨大犬小屋への討ち入りを企むとなると放ってはおけません。家族や愛犬を守るために、お犬姫はお犬党と対決するに至るのです。このメインストーリーと並行して進むのが、赤穂浪士の討ち入り事件。知世は変名を用いて江戸の市中に潜む赤穂浪士たちと関りを持つのですが、彼女が思いを寄せる青年武士はどのような事情を抱えているのでしょう。

 

綱吉の時代には戦国の気風を排除した文治政治が進んだわけですが、赤穂浪士への共感は時代の流れに対する反動だったのでしょうか。そのような人々の心理を背景に置いて、2つの事件を見事にシンクロさせた、完成度の高いエンタメ作品でした。

 

2022/3