りぼんの読書ノート

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最悪の将軍(朝井まかて)

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第5代将軍・徳川綱吉というと、「生類憐みの令」によって「犬公方」と揶揄された凡庸な君主というイメージが強いでしょう。しかし他面では、戦国時代の風潮を一掃して文治政治の礎を築いた人物として、再評価されてもいるようです。本書は「最悪の将軍」と呼ばれた綱吉を、ぶれることのない政策を貫いた情熱的な人物として描き切りました。

確かに、戦国以来民間に野放しになっていた銃所有を規制する「諸国鉄砲改め」、武家諸法度から「文武弓馬の道」の文言を外させた「天和令」と続く文脈の中に「生類憐れみの令」を並べてみると、彼が目指していたものが明らかになるようです。妻・鷹司信子による大奥の公家化や、生母・桂昌院の篤い信仰心までもが、互いに関係しあっているようにも思えます。

余談ですが、関西に住むようになって桂昌院の功績の大きさには驚かされました。奈良・京都の名だたる神社仏閣の多くが、桂昌院の寄進によって再興されているのです。古都観光の際には、葵の紋を探してみてください。その多さに驚かされるのではないでしょうか。

綱吉の評価の低さには、官僚による「生類憐れみの令」の行き過ぎた解釈だけでなく、奥州飢饉、元禄地震、度重なる大火、さらには富士山噴火という天変地異が続いたことも影響があったのでしょう。そしてダメ押しが「赤穂浪士の討ち入り」でした。文治政治に真っ向から歯向かった敵討ちがもてはやされたのは、改革に戸惑っていた保守派も多かったことを示しています。

こうみると、綱吉のイメージがオバマ元大統領と重なってきます。綱吉に謁見したオランダ商館のドイツ人医師ケンペルが日本の安全さを高く評価したというエピソードとともに、柳沢吉保に語らせた「強く導かねば泰平は保てず、さりながら世人の心におもねれば世は乱れましょう」という言葉を、現代のポピュリスト政治家たちに聞かせたいものです。

2017/5