りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

長安ラッパー李白(大恵和実/編訳)

『移動迷宮』と『走る赤』に続く、編者による「中国SF短篇集」の第3弾には、趣向が凝らされていました。ひとつは唐代を舞台とする歴史SF作品に限定したこと。ふたつめは中国と日本の作家による競作としたこと。中国史において、春秋時代や、始皇帝による中国統一や、劉邦の漢建国や、漢末の三国志時代など、物語性に富む時々は多数ありますが、李淵李世民父子、武則天玄宗皇帝、楊貴妃安禄山杜甫李白白居易玄奘三蔵らの政治家、軍人、詩人、宗教家など多士済々で、さらには阿倍仲麻呂空海最澄など日本人留学生も登場する唐時代は物語の宝庫と言えるでしょう。

 

「西域神怪録異聞(灰都とおり)」

西遊記」はもちろんフィクションですが、西域を通って天竺にたどり着いた玄奘三蔵は実在の人物です。旅立ちに際して長安城を訪れた玄奘が脳内に語りかける声を聞きます。それは未来の物語作者によるシナリオだったのですが、彼は決意するのです。。「俺はその物語のらに先に行こう」と。

 

「腐草為蛍(円城塔)」

異形の戦闘機械へと変容した北方種族の中で、群を抜いて戦闘能力の高い李淵一族が覇権を握りました。しかし長安という都市との一体化を目指した李淵に対して、兄と弟を討った次男・李世民が叛旗を翻します。しかし覇者となった李世民は、遠い未来に彼らの種も身体の芸術性を高めた南方民族化していくことを予感していたのです。

 

「大空の鷹(祝佳音)」

唐帝国に航空隊があった?! 牛皮筋をゼンマイのように用いて動力とする航空隊は、高句麗への爆撃を敢行します。しかし高句麗には時を窄越する機器を用いて未来からやってきた怪人がいたのです。果たしてどちらが勝者となるのでしょうか。

 

長安ラッパー李白(李夏)」

不気味な弥勒の殻に包まれた玄宗皇帝は詩文の朗誦を愛するあまり、長安を巨大アンプへと変容させ、人々に韻を踏んだ会話を強制していました。はじめは仕官を願っていた李白は、ラップの力で長安城を破壊に導くのです。

 

「破竹(梁清散)」

山東省の藩鎮に出現したという聖獣の正体は何だったのでしょう。その聖獣は竹簡を貪り食って歴史を消滅させようとしているというのですが・・。まだ中国のあちこちにパンダが生殖していた頃の物語です。

 

「仮名の児(十三不塔)」

7日7晩の間、長安の往来に草書体の文字を書き殴って優劣を決めるという対決に敗れた少女は、折しも長安を訪れていた空海とともに、倭国へと去っていきました。彼女が日本に仮名文字をもたらし、後に興隆する平安女流文学の礎となった人物だったのですね。

 

「楽游原(羽南音)」

晩唐期の詩人・李商隠は夢の中で、造物主が「詩」を喜んでいる姿を垣間見ます。自らが作り出した生命体が宇宙の真相を覗き知ったかのような「詩」を詠むことに、造物主は感銘したのです。

 

「シン・魚玄機(立原透耶)」

晩唐に実在した悲劇の女性詩人・魚玄機は、伝説の女刺客・聶隠娘に救い出されていたという「別史」ですが、それにとどまりません。空を走る銀の足を持つ美少女と、銀の腕を持つ怪力の美女のコンビは、苦しみに喘ぐ人々を救いながら唐末期の大乱時代を乱世を生き延びたようです。この女刺客は、ケン・リュウの短編集『生まれ変わり』に収録されている「隠娘」ですね。

 

2025/1