唐の滅亡(907年)から宋の建国(960年)までの間、中原・華北の支配者が目まぐるしく変わった「五代」は、中国の戦国時代のようなもの。どの王朝も10年程度しかもたず、1代か2代で滅亡しています。しかし、その後200年に渡って漢民族を苦しめることになる、契丹国(遼)への「燕雲十六州(現在の北京、大同を含む地域)」の割譲はこの時代に起こっています。
中国の古代・中世史は、北辺騎馬民族の侵入と同化の歴史ともいえます。唐末期に突厥沙陀部の李克用が大きな役割を果たしたのに続き、五代から宋にかけての時代に北方の覇者となったのは契丹族でした。本書は、中原を一度は手にしながら北方への帰還を余儀なくされた、契丹国の第2代皇帝・耶律徳光の物語です。
太祖・耶律阿保機の死後、母・述律から後継に指名された徳光は、中華文明に憧れて中原を望み続けます。彼は、後晋の石敬瑭の助力依頼に乗じて中原に足を踏み入れるのですが、その代償として得たものが「燕雲十六州」だったのです。やがて臣従の約束を破った後晋に侵攻した徳光は、瞬く間に中原を制して、中国統一の野望を抱くのですが・・。
契丹の内政を握る実力者であり続けた、母の述律は、南進に反対する「慎重派」として描かれます。徳光にとっては煙たい存在なのですが、中華への同化を巡って文化的アイデンティティに揺れる北方騎馬民族の悩みが、母子の関係に現れてきます。同時にそれは、徳光自身の心中で起こる矛盾でもあったようです。
本書は、中国サイドの物語にも多く筆を割いています。そのせいで、主題が明確でない、長い小説になってしまいましたが、よく知らない時代だけに、中国歴史の復習としては有用かもしれません。
2015/3