りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

菊籬(宮尾登美子)

土佐高知で芸妓娼妓紹介業者の養女として育ち、やがては国民的作家となった著者の処女作を含む短編集です。どれも女の哀しみを描いた作品であり、初期と円熟期の短編を読み比べることができます。『櫂』から『仁淀川』に至る自伝的作品に連なる短編も含まれているのは、嬉しい限りです。

 

「彫物」

時代は1970年代後半でしょうか。浅草の置屋にいながら色の黒さにコンプレックスを感じていた女が変身願望にとりつかれ、背中一面に弁天の刺青を彫るのです。それを知った異母妹も同じ彫師のもとに通うのですが、彼女の背中には何が彫られたのでしょう。女の意地と彫師の心意気が鮮明に描かれた作品です。

 

「金魚」

水商売あがりの老女に貰われた少女は、17歳になって客を取らされるようになっています。彼女が耐えられないのは日々の仕事ではなく、まだ現役の老女のもとに通う大工が井戸で飼い始めた3匹の金魚だったのですが・・。薄幸な女の優しさが胸にしみる作品です。

 

「自害」

徳川家と土佐山内家の狭間で苦悩した山内分家の若夫婦は、慶応4年に自害。しかし幼い娘2人を遺して殿と運命を共にした姫の無念はいかほどだったことでしょう。56年後、墓所の改修を機に2人の遺体を荼毘に付す際に立ち会った、かつて姫に仕えていた老女は、姫の思いを知ることになるのです。

 

「水の城」

瀬戸内の海辺の城址に建てられた伯爵の館は、戦後に進駐軍の宿所とされたこともあって荒れ果てていました。そこにひとり住む老女は、どのような境遇に翻弄されてきたのでしょう。老女の知恵遅れの孫娘を捨てた東京の戦後成金に対して、彼女はどのような復讐を企むのでしょう。

 

「村芝居」

自伝的要素を含む著者の処女作です。命からがら満州から引き揚げてきた若妻は、夫の郷里の閉鎖的な村で悶々と暮らしています。村芝居で貰った役にかりそめの生きがいを見出そうとしたものの、村の人間関係は彼女を鬱屈を増すばかりだったのです。

 

「千代丸」

自伝的作品群でお馴染みの、著者の分身である悦子のエピソード。夫と離縁して町に戻った悦子は、亡き父が遺した家財を質入れして食いつないでいました。最後の一点となったのは三味線の名器「千代丸」だったのですが、質屋のおかみはその価値を理解できません。悦子の行為は自棄になったせいなのでしょうか。それともある決意を秘めていたのでしょうか。

 

「菊籬」

高知の芸妓紹介業の養父に買い取られ、悦子の戸籍上の姉となった菊は、あちこちで問題を起こす問題児でした。養父の勧めで片目の不自由な菓子職人に嫁いだ菊は、どのような人生を歩んだのでしょう。

 

宿毛にて」

娘を連れて離縁した後、西方浄土に旅立つような思いで宿毛市西方の孤島へ出かけた時の短いエピソード3話からなる短編です。人骨のように見える貝・ツツガキを見て、別れた夫に意趣返しを思いついた話。島の売春婦に身を落していた、かつて生家で姉妹同様に暮らしていた女性と再会する話。宿毛出身の歌人・北見志保子の歌碑を訪ねていく話。これらの話から、いや本書の全ての作品から浮かび上がってくるものは、女の哀しみというよりも、女の強さだったように思います。

 

2023/9