りぼんの読書ノート

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肖像彫刻家(篠田節子)

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肖像彫刻の極意とは、実在した人物が生きていた時間をその中に封じ込めることなのでしょう。しかし本書の主人公となる高山正道は、ローマン彫刻の確かな技術を身に着けながらも、芸術家として身を立てるに至らず、田舎に籠って注文制作を受ける仕事すら軌道に乗っていない人物なのです。しかし、そんな正道の作品には「魂が宿る」ようになってしまったのです。 

 

はじめは村の寺院の縁起に記された、武田家の遺児・雪姫の座像でした。なぜかご利益があるとの評判が立った裏には、どのような物語があったのでしょう。そもそも雪姫なる人物が実在していたかどうかも怪しいのです。ではそこに宿ったのは、何の魂だったのでしょうか。 

 

正道を狂言回しとする連作短編集であり、本書に描かれるのはさまざまな人間模様です。姉から依頼された亡き両親の像は夫婦喧嘩を始め、後妻業の女と晩年を過ごした高名な学者は娘の期待を裏切り、最愛の恋人を模したアスリート象は男への本音を語りだします。そして最終話、死期が迫った老女の心を和ませたのはいったいどのような肖像だったのでしょう。「老人は可愛らしい孫の似姿で元気をもらえる」などという考え自体、若い者の思い上がりにすぎないようですが・・。 

 

もっとも全ては、依頼者側の心の動揺が生んだ幻想なのかもしれません。そのような揺らぎとは、真の芸術とは異なる次元で生まれ出るものなのでしょう。いつか正道が真の芸術家の境遇に達したら、肖像たちは黙ってしまうのかもしれませんね。 

 

2019/12