りぼんの読書ノート

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ナラ・レポート(津島佑子)

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太宰治の次女である著者は、1985年に9歳の息子を亡くして以来、「母が亡き子を想う」とのテーマの作品を書き連ねています。本書はその構図を転倒させて、亡くなった母親とあとに残された息子という設定の作品なのですが、互いに喪失感を抱く母と息子というテーマには共通点があるのでしょう。 

 

2歳の時に母親と死に別れてナラで暮らす祖母に育てられた少年モリオは、12歳になって「ずっと空っぽだった母親の記憶」という穴の中に自分から入っていこうと決意します。公園のオス鹿をナイフで刺し殺した少年の前にハトの身を借りて現れた母親に、大仏の破壊を依頼するのですが・・。 

 

物語は、『閑吟集』、『梁塵秘抄』、『説教節』、『今昔物語』、『日本霊異記』の世界へと飛び込んでいきます。大女アコウは誰の仔とも知れぬキンギョ丸を生き埋めにし、耳の聞こえない孤児はイタチの母親を湯治に連れていき、ヨシノの少女は耳を切られたシカを抱いて「恋しとよ」と『梁塵秘抄』の恋歌を絶唱します。そしてカササギの母は、ゼンアミ(善阿弥)に命じてダイジョウイン(大乗院)を造園させるジンソン(尋尊)に近侍した息子のアイミツ丸を看取ることになるのですが・・。 

 

何度も死別を繰り返した母と息子が破壊しようとした大仏とは、父性を象徴する存在だったのでしょうか。「遠い未来の昔」の記憶の渦と対峙した母子が作り出したものは、古い記憶が淀んでいるナラを超えた「新しい説話」であるように思えます。 

 

2019/12