りぼんの読書ノート

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櫂(宮尾登美子)

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林真理子さんによる『 綴る女 評伝・宮尾登美子』を読み、国民的作家とも称された著者の自伝的な4部作を読んでいないことに気付き、まずは実質的なデビュー作を手に取ってみました。本書は著者の養母・喜世をモデルとする女性・喜和の半生記です。

 

土佐で芸妓紹介業を営む岩伍のもとに15歳で嫁いできた喜和。柔和で辛抱強い喜和は、激しい気性の夫と慣れない玄人街での生活に苦労しながらも、必死で生き抜いていきます。しかし夫が娘義太夫の巴吉に産ませた娘・綾子を養子として引き取ったことで転機が訪れます。はじめは綾子を拒んだ喜和でしたが、次第に実子にも勝る深い愛情を注ぐようになっていくのでした。綾子のモデルは著者自身ですね。

 

しかし貧しい裏長屋の救恤から始まった商売が次第に大きくなり、やがて大陸へも足を延ばしていくに連れて、岩伍の心意気は失われていきます。早くこの商売をやめて欲しいと願う喜和との亀裂も次第に大きくなり、ついに破局。女学校への進学を控えた綾子は、義母と一緒に家を出ようとするのですが・・。

 

冒頭の楊梅売りの場面からずっと、大正末期から昭和初期にかけての高知の下町の土地柄や、そこに生きる人々の生活や人情が丁寧に綴られていきます。時代も場所も語り口も異なりますが、樋口一葉が創り出した世界と同じ匂いが感じられます。結核で若死にする龍太郎と放蕩者の健太郎の2人の息子、菊と絹の2人の仕込み子、店の若い衆たち、岩伍の不始末を喜和に取り持つ大貞楼の女将、頼りない実兄の楠喜など、脇役の人々の造形までしっかり描かれていることが、豊穣な作品世界を作り上げているのです。

 

本書にはじまる自伝的な4部作(『櫂』、『春燈』、『朱夏』、『岩伍覚書』)や、土佐の花街を舞台とする『陽暉楼』、『寒椿』、『鬼龍院花子の生涯』などを読んでから、『綴る女』を読み返す必要がありそうです。

 

2021/4