りぼんの読書ノート

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一絃の琴(宮尾登美子)

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細長い木製の胴にたった1本の弦を張った一絃琴は、あまりにも地味な楽器です。幕末から明治にかけて大阪や土佐を中心に一時流行したものの、現在は後継者も少なくなっているとのこと。本書は、変わりゆく時代の中で一絃琴に魅せられた2人の女性の生涯と確執を描いた物語。前半の主人公は幕末から明治にかけて土佐で一絃琴を伝えた苗であり、後半の主人公は戦後に人間国宝にまでなった蘭子です。

 

第1部は苗の少女時代。土佐藩の上士の家に生まれた苗は、初めて聞いた一絃琴の音色に深く感動します。師と定めた盲目の名手・有伯のもとに通いつめて入門を果たして厳しい指導を受けたものの、有伯の急逝後に下女が彼の子を身籠っていることを知って茫然自失のまま一絃琴を封印して嫁いだものの、わずか半月後には夫は鳥羽伏見の戦いで戦死。お産で亡くなった妹の夫と再婚するまでの物語。もうこれだけで並の小説が何作か書けるほどの濃さですが、本書ではまだ序盤にすぎません。第2部では、有伯遺愛の品に出会って一絃琴への想いを再燃させた苗が、理解ある夫の協力を得て全国で唯一の一絃琴を教える塾を開き、数百人もの弟子を取るほどの人気を博すまでが描かれます。

 

第3部では類稀なる才能と美貌を併せ持つ蘭子が登場。入塾後たちまち才能を発揮して苗の後継者と目されるようになった蘭子ですが、苗は微妙な違和感を拭いきれません。それは土佐の名家に生まれ育った蘭子の高慢さなのか、薄情さなのか。没落して芸妓となった弟子を破門するよう苗に迫り、さらには落剝した一絃琴製作者に非情な対応をする蘭子は、後継者としての資質を身に着けることができるのでしょうか。そして最終第4部は、戦後に焼け出されて老未亡人となった蘭子晩年の物語。苗との確執から塾を去った蘭子は、なぜ再び一絃琴を手に取り、ついには人間国宝となるに至ったのか。既に亡くなって久しい苗に挑むような、蘭子の執念の激しさが壮絶です。

 

1978年の直木賞受賞作ですが、著者がこの物語を書こうと志したのは1962年だそうです。それから16年間、5回の書き直しを経て完成させたとのこと。自伝的要素を含む土佐の芸妓界を舞台とする一連の小説よりも前から書き始めていたのですね。この作品にかけた著者の執念には、苗や蘭子に通じるものを感じてしまいます。芸術に例えると新古典派の大傑作のようなたたずまいを持つ作品でした。

 

2021/6