りぼんの読書ノート

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春燈(宮尾登美子)

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著者渾身の自伝小説は結果的に3部作となっています。著者の少女時代から短い青春期を描いた本書は、義母の視点から幼少期の生家の事情を描いたデビュー作『櫂』と、戦時下の満州での苦難の結婚生活に焦点を当てた『朱夏(未読)』を結び付ける、第2部に相当する作品として位置づけられます。

 

土佐の高知で芸妓紹介業を営む岩伍が女義太夫の愛人に産ませた娘である綾子は、正妻の喜和のもとで育てられました。実母の存在も、喜和が養母であることも知らずに育った綾子は、無頼な父親を嫌いながらも、彼の劣化コピーのような性格を身に着けてしまったようです。才能に恵まれながら、金銭に無頓着で、使用人を軽蔑し、団体行動ができず、どこでも我意を通すことができると思い込んでいる高慢な少女が好かれるわけはありません。極貧の境遇から自力で身を起こし、義侠心を有していた父親のほうが、はるかにマシな存在だったはず。

 

しかし綾子の境遇は少しずつ変化していきます。異母兄の龍太郎が結核で亡くなったこと、両親の離婚によって彼女を溺愛してくれた養母の喜和から引き離されたこと、実母の存在を知らされたこと、使用人あがりの後妻と連れ子が家族として入り込んできたこと、そして第一高女の受験に失敗した理由のひとつが家業に会ったと知り、家業が一般人から忌み嫌われていると知ったこと。しかもそれまで見向きもしなかった女子師範付属に裏口入学できたのも父親の差金と察するのですから、その思いは複雑です。そして父親との決定的な対立は女子大への進学を拒まれた時に訪れるのですが、その時日本は敗戦への道を歩みつつあったのでした。家を出るためにわずか17歳で唐突に代用教員となり、仁淀川上流の辺境の地に赴いた綾子が、最初の補任高で出会った「三好先生」から結婚を申し込まれたところで本書は終わります。その続きは『朱夏』を読まなければいけませんね。

 

最初から最後まで、著者自身の分身である綾子の内面形成過程と向き合った重苦しい作品です。しかもその少女は高慢で傲慢であり、思い通りにいかなかったことは家業や父親のせいにするのです。綾子には共感できるところが少ないのですが、そんなことは著者もわかっていたはず。「作家として他人の人生を描くならばその代償として、自分自身をあますところなく暴いてみせるのが誠意なのだ」と語った著者の覚悟の凄まじさが透けて見える作品で知った。

 

2021/9