りぼんの読書ノート

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盤上の向日葵(柚月裕子)

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東京大学卒業後に立ち上げたITベンチャー企業の株式を高額で売却し、異例のルートで将棋のプロ棋士となった天才児・上条圭介は、過去に凶悪な犯罪を犯していたのでしょうか。埼玉県の山中で発見された白骨死体が胸に抱いていた初代菊水月作の名駒は、上条と関わっているのでしょうか。タイトル戦という輝かしい舞台に臨んだ上条のもとに2人の刑事が向かいます。

 

叩き上げの刑ベテラン事・石破と、かつてプロ棋士を目指していた新米刑事・佐野のコンビが遺留品であった将棋の駒の出自を捜査する物語と、上条圭介の成長過程の物語が交互に進行していきます。7組しか現存していないという名駒の行方にもドラマ性がありますが、圧倒的なのは上条の物語。

 

幼くして母を亡くし、父親からは虐待を受けて育った圭介は、彼を気にかけていた元教師によって将棋の才能を発見されます。上京してプロを目指すよう助言されますが、父親に反対されて奨学金で進学。学生時代にふと入った将棋道場で裏社会に生きる真剣師・東明重慶と出会い、彼の壮絶な生き方と執念の将棋に魅了されていきます。父親の呪縛を振り払い、東明には裏切られて過去と決別したはずの圭介でしたが、過去は彼を追いかけてきます。そして彼には出生の秘密もあったのです。

 

宿命を背負った若者を捜査する全国を駆け回る刑事という構図は、松本清張の『砂の器』を思わせます。現代的な社会派ミステリに、冷静な読みと怒涛の寄せを必要とする将棋という組み合わせも見事。ただし盤面の図面なしに差し手の説明だけで局面を理解するのは不可能であることが難点でした。

 

2021/4