りぼんの読書ノート

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盤上の夜(宮内悠介)

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チェス、囲碁、将棋という対局型ゲームにおいて、AIの技量は既に人間を凌駕するに至っていますが、その先にはいったどのような世界が広がっているのでしょう。純然たるSF作品でありながら直木賞候補となった本書において、永遠とか真理とかいう概念がほのかに透けて見えて来るようです。 

 

「盤上の夜(囲碁)」 

四肢を失った天才少女は、どのようにして碁盤を感覚しえたのでしょう。囲碁について「氷壁を登っている」と喩えた少女は、自らの感覚を拡張するためにさまざまな語学を習得し、ついには新たな言語の創作に至ります。そして発狂。しかしそれは「この世界を抽象で塗り替える」ための過程だったのかもしれません。 

 

「人間の王(チェッカー)」 

42年間無敗を貫いたのちにコンピュータに破れたチェッカーのチャンピオン、ティンズリーは実在した人物です。しかもその数年後に、チェッカーにおける完全解も発見されるに至るのです。そのような未来を予見しつつもようやく強敵と巡り合った彼は、いったい何と戦っていたのでしょう。そして一人称でティンズリーに代わって答える存在とは、いったい何なのでしょう。 

 

「清められた卓(麻雀)」 

新興宗教の教祖である若い女性、彼女を追う精神科医サヴァンの少年、プロ雀士の4人による公式タイトル戦は、なぜ歴史から葬られたのでしょう。実は魔法的な着手を続けた少女が行っていたことは、対局ではなく治療行為だったのです。 

 

「象を飛ばした王子(チャトランガ)」 

チャトランガとは、古代インドで創造され、後の将棋やチェスのもととなった遊戯です。父の捨てた国を治めながら、自ら造りあげた抽象的な遊戯と現実的な戦争を行っていたラーフラは、父のブッダとは異なる世界を見ていたのでしょうか。やがて再会した2人は、互いの中に何を見出すのでしょう。 

 

「千年の虚空(将棋)」 

ひとりの女性と共依存関係を保ち続けた、後に政治家となった量子物理学者の兄と、棋士の弟。全く異なるアプローチから世界を変えてしまおうと試みた兄弟の遍歴は、どこにたどり着くのでしょう。「ゲームを殺すゲーム」や「神の再発明」の概念が新鮮です。 

 

「原爆の局(囲碁)」 

「盤上の夜」の続編です。発狂して消息を絶った少女を追ってアメリカへ飛んだトップ棋士は、核実験場があったアラモゴードで彼女と対戦します。抽象と具象が交差する対局は、ゲームの深海へと落ちていくような感覚をもたらし、やがて全ての短編を包含していきます。この作品のモチーフとなっているのは、後に「原爆下の対局」と呼ばれることになる本因坊戦です。 

 

2020/5