りぼんの読書ノート

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新宿鮫Ⅺ・暗約領域(大沢在昌)

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8年ぶりのシリーズ最新作は、前巻『絆回廊』のすぐ後の物語なのですが、2012年頃の状況を踏まえるのか、それともこの間の国際情勢や日本の変化を取り込んで書くのかが気になる点でした。新宿や池袋の街の変化にはうといので判断つきかねますが、民泊新法や仮想通貨決済など8年前には存在していなかった事象を踏まえているので、本書で描かれている新宿はもはや架空の世界なのかもしれません。それでも矛盾点が気にならないのは、著者が上手に軟着陸させたということなのでしょう。

 

信頼する上司・桃井を失い、恋人・晶とも別れた鮫島は、孤独を振り切るように捜査に没頭しています。そんな中で北新宿のヤミ民泊で男の銃殺死体を発見。新たに上司となった阿坂景子は、鮫島に単独捜査を禁じて新人刑事の矢崎を組ませますが、事件は公安によって奪われてしまいます。殺害された男が内閣調査室の下部機関も絡む「国益事案」に関わっていた外国人であったことが背景にあるのですが、もちろん鮫島が矛を収めるはずもありません。独自に捜査を進めるのですが、新上司や相棒の存在にも配慮しなくてはなりません。

 

やがて、鮫島の同期の元公安キャリアで現在は内調の下部機関に籍を置く香田、鮫島に父親を逮捕された恨みを抱く国際犯罪者の陸永昌、その永昌を手玉に取る悪女マリカ、中国残留孤児2世3世の互助会から派生した犯罪集団「金石」、北朝鮮出身の暗殺者、謎の古本屋を営む元公安の老人、東大出身のヤクザ浜川など、多彩な登場人物が関わる中で、「国益事案」の存在が明らかになってくるのですが・・。

 

「国とは人間の集まりなのか。人間の容れものなのか」とのテーマを前面に出した超硬派な作品ですが、著者がもっとも力を入れたのは、新上司・阿坂景子の人物造形だそうです。「男にはない強さや自分なりの筋を持ち、鮫島が反発と尊敬の念を両方抱く人物」というのはハードル高いですよね。もちろん著者は成功しています。日本の警察制度を賞賛して原理原則にこだわる阿坂が「警察ほど厭らしい嫉妬の世界はない。そこで私は生き延びてきたんだ」と啖呵を切るシーンは圧巻でした。どうやら続編もありそうですね。

 

2021/4