りぼんの読書ノート

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ムジカ・マキーナ(高野史緒)

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ファンタジーノヴェル大賞の受賞を逃しながらハードカバーで出版されたという、無名作家のデビュー作としては異例の扱いをされた作品です。「音楽SF」というジャンルは『歌の翼に(トマス・M・ディッシュ)』などの先行作品はあるものの、19世紀末という時代にスチームパンクを持ち込んだことは著者の功績でしょう。

 

ナポレオン3世を追い落として普仏戦争に勝利したプロシアは、北ドイツの連邦諸国を統一してドイツ帝国を樹立しようとしていました。しかし勝利を目前にしてベルンシュタイン公爵は、連邦の盟主であるヴィルヘルム1世から、ウィーンへと向かうよう命じられます。そこではベルンシュタイン公国で極秘に開発されて処分されたはずの合成麻薬魔笛」が流行しているというのです。それは音楽を絶対的な悦楽へと変え、やがては死に至らしめる禁断の薬物でした。

 

その頃ウィーンでは、オーケストラなしで最高の音楽を演奏する画期的な舞踏場が人気を博していました。さらにはワルツ王ヨハン・シュトラウスの弟ヨーゼフをはじめとして、死亡したり行方不明となる音楽家が続出していたのです。これらの事件は「魔笛」と関係しているのでしょうか。理想の音楽を追い求める新進音楽家フランツらとともに調査を開始した公爵は、事件がロンドンと結びついていることを探り当てるのですが・・。

 

至高の音楽とは何なのか。それを判定しえるという謎の少女マリアとは、どのような存在なのか。このテーマを掘り下げていくために、著者が創り出した虚実混交の世界が見事です。モナコ並みの小国ながら学問と諜報で存在し続けている架空の小国・ボーヴァル王国を中心とする国際的な陰謀。蒸気駆動のパイプオルガンや、この時代にはありえないメモリーや録音やミキシング技術などのガジェット。ナポレオン3世やブルックナーなどの実在した人物も、この世界に無理なく溶け込んでいますね。著者の事は『カラマーゾフの妹』で知ったのですが、初期の作品も続けて読んでみたいと思わされました。

 

2021/4