りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

寒椿(宮尾登美子)

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高知の芸妓子方屋の娘である悦子が、同じ家で姉妹のように暮らした4人の芸妓たちの生きざまを語ります。50歳を過ぎて作家となっている悦子はもちろん著者の分身であり、女衒あがりの実父と素人出身の養母が営む子方屋も、自伝的小説『櫂』にある通り。4人の芸妓の生涯は著者のフィクションかもしれませんが、もちろん似たような実話はたくさん転がっていたのでしょう。

 

「小奴の澄子」

13歳の時に継母から売られた澄子は、子方屋にいた女児の中で最年長であり、最年少の悦子を含めた全員の長女的な役割を努めていました。それでも子供心に、自分たちの運命も悦子との違いもわきまえているのです。やがて流れて行った満州で年季も明け、言い交した男もできるのですが、自分が決して素人娘のように振舞えないこともわかってしまいます。引退間近の年齢になって得た、銀行頭取の二号という立場に満足していたのですが、不慮の事故にあってしまいます。

 

「久千代の民江」

澄子には才覚で負け、貞子には器量で負け、妙子には弁えで負け、周囲からは頭が弱いと言われて育った民江は、実は一番しぶとい女性だったのでしょう。娘を食い物にし続けたダメ父親の呪縛には縛られ続けたものの、ひとつだけ皆に勝てたと思えたものは、商売抜きの恋心だったのかもしれません。

 

「花勇の貞子」

「将来は山海楼を背負う看板芸妓」と言われたほどに優れた芸も器量も持っていた貞子が大成できなかったんは、誰よりも貧しい最低の暮らしで身に着けてしまった卑しさだったのでしょう。6年で8回も借金を増やしながら住み替えを重ねて高知から満州の大連へ、さらに奥地へと流れていく中で、芸妓から娼妓へと身を落とし、敗戦後に帰国しえたものの28歳の若さで早世した貞子。その生涯を調べた悦子は、彼女は最後には素人の妻として死んだことに安堵するのです。

 

「染弥の妙子」

現在は社長夫人となって人から羨まれるようになった妙子ですが、ぞの座はひとりでに転がり込んできたものではありません。戦後すぐに年下の男に見込まれた妙子は、玄人の垢を落として事務の仕事を身に着け、何度も商売をつぶした夫を励まして支え続けたことが実を結んだのです。たとえ短い期間でもひとたび水商売に入り込んだ女が、地に足をつけた生活に戻ることの大変さを、彼女は知っているのです。

 

澄子の病室で、初老の域に入りつつある4人の女性が少女に戻って昔語りをする場面が印象に残りました。この作品は決して、芸妓という境遇に陥った女性たちを憐れむ作品ではありません。むしろ逆境の中をしたたかに生き抜いてきた女性たちの逞しさを感じることができるのです。

 

2021/4