りぼんの読書ノート

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トリニティ(窪美澄)

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1964年、時代が大きく変わろうとしていた東京オリンピックの年に創刊された新雑誌の編集部で、3人の女性が出会います。母娘三代物書きの裕福な家庭に生まれ、ファッション誌の文体を創り出したフリーライターの登紀子。地方で貧しい子供時代を過ごし、20代の若さで雑誌の表紙に抜擢されたイラストレーターの妙子。東京下町の高校を卒業して事務職で出版社に入社し、編集職への誘いを断って結婚退職する道を選ぶ鈴子。本書は、社会進出した女性にとっての激動期を生き抜いた、3人の女性たちの物語です。 

 

モデルとなった雑誌は「平凡パンチ」と「アンアン」です。登紀子のモデルは三宅菊子であり、妙子のモデルは大橋歩で間違いありませんね。才能によって男社会の殻を打ち破っていく女性が登場し始めた時代を象徴する場面が、1968年の新宿騒乱事件の夜。興奮した鈴子が「男どもふざけるな!女を下に置くな!」と叫んで、妙子に「ここにいる女の子を描いてください」と、登紀子には「その人に話を聞いて」と声をかけるのです。 

 

しかし彼女たちの半生は順風満帆ではありません。やがて時代の寵児の座から滑り落ちた妙子はトラブルメーカーと呼ばれるようになり、登紀子が創った個人事務所はバブル崩壊後に消滅してしまいます。そして妻が稼ぎ手となった2人の結婚生活は、何度も破綻の危機に陥ってしまうのです。 

 

本書は、ブラック出版社に就職して心身ともに疲れ果ててしまった、鈴子の孫である奈帆が、世捨て人状態になっていた登紀子から半生を語ってもらうという形式で綴られていきます。やがて若い奈帆にも老いた和登紀子にも変化が起きていくラストが心地よい。 

 

「トリニティ」とはカトリックでいう「父と子と精霊」のことですが、女性にとっての「三位一体」とは「男、結婚、仕事」なのか、「仕事、結婚、子ども」なのか。その全てを手に入れたいというのは欲深い望みだったのでしょうか。そうではないことは、3人の女性たちに続く世代が既に証明していますが、多くの女性たちにとってはまだまだ厳しい道であるのも事実です。今後おそらく加速されるであろうテレワークが、令和の女性たちの背中を押すとともに、男性たちの意識改革を促すことを強く望みます。 

 

2020/7