りぼんの読書ノート

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架空の王国(高野史緒)

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デビュー作『ムジカ・マキーナ』と第2作『カント・アンジェリコ』はともに、「音楽をテーマとするスチームパンクSF」というユニークな作品でした。本書は先の2作品で鍵となる役割を果たした、ボーヴァル王国という架空の国家を主役に据えた物語。

 

フランス東部にありドイツ・スイスと国境を接するボーヴァル王国の性質は、モナコ公国をイメージすれば良いでしょう。外交・経済面ではフランスの保護下にあり、王位継承者が絶えるとフランスに併合されることになっているのです。現在の国王には世継ぎの子がいないため、縁もゆかりもない青年貴族を王位継承者として教会に認めてもらおうというのですが、そんなことは可能なのでしょうか。12世紀にフランス国王から賜った「特許状」なるものがあり、16世紀の国家危機の際にはそれが認められたというのですが・・。

 

ボーヴァルの大学で西洋史学を学ぶために日本からやってきた瑠花は、いきなり騒動に巻き込まれてしまいます。指導教官になるはずだった史学教授が突然の変死。代役に立った青年助教授ルメイエールが、実は王太子となる予定の人物だというのです。しかも教授の死とともに失われた古文書が、例の「特許状」であり、その真贋も問題になっている模様。そしてその古文書らしき羊皮紙の文書が、あろうことか教授が生前に瑠花に託した試験問題に同封されていたのです。ルメイエールの立太子を快く思っていない王妹や、英国貴族や、ゴシップ記者らを交えた古文書の争奪戦のゆくえはどうなるのでしょう。前2作の読者であれば、ボーヴァル王国が諜報や陰謀に長けていたことを覚えていますよね。

 

ラストはかなりドタバタ感もありましたが、「虚構の王国」の「虚構の物語」をいかにもそれっぽく積み上げていく構成も叙述もさすがでした。中世の重要なリンクとして、16世紀の異端者ゼノンなる人物を登場させるあたりは素晴らしい。須賀敦子さんも敬愛したマルグリット・ユルスナールの大作『黒の過程』の主人公で、既成思想が崩壊した時代の中で、同時代のあらゆる知を追求した後に、神の存在を否定するに至った人物です。

 

2021/4