聖武天皇の時代。まだ藤原4兄弟と長屋王らとの権力闘争も、藤原氏の安宿媛(後の光明子)と県犬飼氏の広刀自の皇后争いにも決着がついていない頃の物語。官女として働くために阿波国から上京してきた若子は、伊勢出身で才能ある笠女や、稲葉出身で美女の春世と同室になります。
この時代、氏女(うじめ)と呼ばれる中央有力貴族の娘たちと、采女(うねめ)と呼ばれる地方豪族の娘たちでは、待遇にキャリアとノンキャリほどの差があったとのこと。もちろん男女の差は決定的。一発逆転のチャンスは玉の輿に乗ることなのでしょうが、そんなことを期待していては仕事になりません。まあ、若い女性たちのお仕事小説なのですが、古代日本を舞台とする小説の第一人者である著者にかかると一味も二味も違ってきます。
まず登場人物たちが、皆実在していたこと。「続日本紀」に貴族レベルの高級官僚に叙せられた記録がある粟国造若子と飯高君笠目、「万葉集」で皇族出身の安貴王から愛情を寄せられた稲葉八上采女が、3人のモデルだそうです。ひとつネタバレをしてしまうと、wikipediaで藤原楓麻呂という高級官僚の父母を調べると、本書の登場人物たちの名前が見つかるはず。
当時の政治情勢や風俗習慣を丁寧に織り込んでいることは当然ですが、ストーリーだって面白いのです。仕事を辞めたくなって結婚に逃げようとした若子が紹介された男性の話。男の仕事である書司を手伝った笠女が差別の天井にぶつかる話。貴人と交際した春世が息子を取り上げられてしまう話。3人が安宿媛と広刀自の権力闘争に巻き込まれてしまう話。天皇のお手がついて身籠った後輩を救う話など、どれも短編として成立するほどです。しかも最後には3人それぞれが人生の節目に立って大きな決断をするに至る、長編としての枠組みもしっかりしているのです。この著者の作品に触れたことがない人に、特にお勧めの1冊です。
2021/4