中宮彰子の印象というと、紫式部、和泉式部、赤染衛門らを輩出して王朝文化の絶頂期を生み出したパトロンであったこと。父親の藤原道長が天皇の外戚として権力を得るために、一条天皇の幼妃として送り込まれた娘であったこと。道長の意に反して先后・定子の遺児を守り抜いたことなどが思い浮かびます。
しかしそれらのことはすべて彼女の前半生で起こったこと。86歳まで長生きした彰子が、平安王朝の国母として国家の安寧を守り抜いたことはあまり知られていません。本書は、わずか12歳で一条天皇の后にさせられた未熟で内気な少女が、父や夫に照らされる「月」から、自ら光を放つ「日」へと変貌していった過程を綴った作品です。
13歳にして立后されて定子の遺児の養母となった彰子が、伯母にして夫の母である詮子の昔語りを聞く、物語の導入部分は衝撃的です。彼女が語ったのは、権力闘争に身を投じた男女たちが抱いてきた怨念の歴史であり、詮子自身も怨念の虜になっているという狂おしい事実。そして父道長ですら、美しく優しかった定子が次の怨霊となることを恐れているという衝撃的な情報。夫である一条天皇の愛に包まれながらも、夫が真に愛した定子の存在は、彰子につきまとっているかのようです。
しかし定子の遺児を抱きしめた彰子は誓うのです。怨念の連鎖を自分が断ち切ってみせると。そして盟友となる紫式部の助力を得て男たちの権力闘争の本質を理解し、その愚かさを女性の立場からたしなめて、正しい道を導き示すようになっていくのです。彰子は結局、夫の一条天皇が早逝した後も皇室と藤原家の中心人物であり続け、6代に渡る天皇の在位と曾孫にあたる白河天皇の即位を見届けるに至ります。もう「藤原時代」の次の「院政時代」の直前ですね。
著者には、同じ時代を描いた『はなとゆめ』という作品もあります。「中宮定子と清少納言が権勢欲にまみれた男どもに闘いを挑んだ記録が『枕草子』である」との解釈には驚きましたが、一面の真実であるように思えたものです。本書の印象も同様です。
2022/5