りぼんの読書ノート

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灼熱(葉真中顕)

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第二次世界大戦の直後、南米ブラジルの日本人移民社会には日本の敗北を信じようとしない「勝ち組」なる人々が多く生まれました。奥地の開拓村には正しい情報が届かず、ポルトガル語の新聞やニュースも理解できなかったことも理由でしょう。しかしそこには、自分が受け入れたいことしか信じないという人間の本性を悪用した詐欺師たちの存在もあったようです。

 

12歳でブラジルに移住した沖縄生まれの比嘉勇は、日本人入植先の農村で日系2世の南雲トキオと出会って友情を深めていきます。ブラジルの中でほぼ孤立している貧しい開拓村で暮らす少年たちが、日本の不敗神話を信じ込んで皇国の戦士となることを夢見るのは、自然なことでした。しかし小さな閉鎖社会に特有の僻み嫉みや優越感などは、少年たちの世界には存在しなかったのです。大人たちが彼らを焚きつけるまでは。

 

やがて村を出てサンパウロに出たトキオは、日本の敗戦を知って未来について考え始めます。しかし村に残って青年リーダーとなっていた勇は日本の勝利を疑うことなく、敗戦の事実を説く人々を憎み始めるのです。そして暗殺の計画が立てられて、悲劇が起こります。著者が本当に綴りたかったのは「赦し」であると明かされる数十年後の物語には心が浄化されるのですが・・。

 

信じがたいことですが、情報が氾濫する今日において「自分が受け入れたいことしか信じない」という風潮が、力を増しているように思えます。国家当局によって情報が操作されているロシアや中国などの社会ではなおさらです。本書は現代社会に対する「警鐘の書」でもあるようです。

 

2022/5