りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

白蓮の阿修羅(篠綾子)

イメージ 1

著者は、奈良時代の女性で特別興味を惹かれた人物が3人いるそうです。藤原不比等の3女で聖武天皇の妃となった光明皇后不比等の2女で長屋王の妻となった長娥子。そして長屋王と長娥子の娘で、後に出家して教勝と名乗る佐保。本書は興福寺の阿修羅像の三つの貌に秘められた謎を、「長屋王の変」で父親を失った佐保と、無名の仏師・虫麻呂との関わりから描き出した歴史ロマンです。

長屋王の変」とは、天武天皇の孫にあたり不比等の死後に権勢を誇った長屋王が、不比等の息子である藤原4兄弟の誣告で自殺に追い込んだ事件です。事変の後、藤原4兄弟は妹である光明子聖武天皇の皇后に立て、外戚として権力を掌握。しかし8年後にペストで4兄弟とも揃って病死し、祟りと噂されることになります。

長屋王の正夫人で皇族出身の吉備内親王は、皇位継承権を有する息子たちとともに自害。その一方で藤原氏出身の長娥子と佐保の母子は処分を免れます。佐保は、伯父にあたる藤原4兄弟や、叔母にあたる光明皇后に対して激しい怒りを抱くのですが・・。

戦闘神ながら釈迦に出あって仏法の守護神となった阿修羅は、憤怒・苦悩・開悟の三面を持つと言われています。父を知らずに光明子が設置した孤児院である悲田院で育ち、仏師万福に見出されて仏師の道を歩む過程で、佐保と運命の出会いをした虫麻呂は、彼女の精神変化の過程を阿修羅像三面に写し取ったというのですが、どうなのでしょう。

かつて長屋王に仕えていた大伴子虫が、誣告者であった中臣宮処東人を惨殺したとの史実を絡めたことは、物語を重層的にする試みだったと思いますが、かえって浅くなってしまった気もします。「虫つながり」も先読みできてしまいましたし。なお興福寺の阿修羅像は、仏師万福の作とも、彼の一門の作とも言われているようです。

2018/5