りぼんの読書ノート

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図書館大戦争(ミハイル・エリザーロフ)

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まるで有川浩の大ヒット作品のパクリのようなタイトルですが、内容は全く異なります。ロシア語の原題を直訳すると「司書」となるそうですが、「本をめぐる図書館同士の戦争の話」なので、あえてこのタイトルとしたとのことです。

 

旧ソ連時代の無名な社会主義小説家にすぎなかったグロモフの作品は、死後に真価を認められました。凡庸なタイトルがつけられた凡庸な7編の小説は、後に「力の書」、「権力の書」、「憤怒の書」、「忍耐の書」、「喜びの書」、「記憶の書」、「意味の書」と名付けられるに至ります。「熱中して通読した」極めて稀な読者たちに、奇跡的な魔力をもたらすことが知られるようになったのです。かくして大半が破棄されたために残り少なくなっていたグロモフのオリジナル本をめぐって、コレクターたちの血みどろの闘争が始まりました。グロモフ本を共有するグループは勢力の大きさによって「図書館」もしくは「読者室」と呼ばれ、それを率いる者が「司書」と呼ばれるようになったのです。

 

本書の主人公であるアレクセイは何も知らないまま、縁遠かった叔父が率いていた小さな読書室を相続します。当時のグロモフ界では、最も過激であった「老人ホームの母たち」を破った、元インテリ集団と元犯罪者集団による統一組織「図書館評議会」の支配が構築されていました。しかしその裏では略奪や反乱が頻繁に行われていたのです。そして、あまりに希少で存在すら疑われていた「意味の書」がアレクセイのもとに送られてきたことで、彼はいきなり闘争の中に放り込まれてしまうのでした。

 

本書におけるグロモフ本とは、旧ソ連時代へのノスタルジーを、混乱期の信仰対象にまで高めたものであるようです。共通の価値観が、人生に絶望した人々を結び付けるわけです。しかし無秩序な世界の中では、疑似家族のような小規模の読書室であっても、敵対グループとの戦闘に巻き込まれざるを得ません。そして繰り返される崩壊の中で、人々は「意味」を求めるようになっていくのでしょう。大量殺戮兵器やAIが存在する現代において、あえて中世のような生身の戦いを持ち込んだことには、寓話性も感じられます。

 

2021/8