りぼんの読書ノート

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バウドリーノ(ウンベルト・エーコ)

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大傑作『薔薇の名前』が「中世における異端」をテーマとした物語であるとしたら、本書は「中世における虚構」をテーマとした作品といえるでしょう。

1204年、十字軍に蹂躙されるコンスタンチノープルから、ビザンチンの歴史家ニケタスを救出した男、バウドリーノは、半世紀に渡る生涯の物語を語り始めます。神聖ローマ帝国皇帝フリードリヒ王の養子かつ従者であったその男は、自身の数奇な半生について、著名な歴史家に意味づけてもらうことを望んでいたのです。

貧しいイタリア農民の息子だったバウドリーノは、遠征中のフリードリヒに拾われて天性の語学の才能を発揮しますが、彼にはもうひとつ傑出した能力がありました。それは、語る嘘をことごとく真実にしてしまうこと。といっても、予言や超能力の類ではありません。彼が語る「嘘」は、権威や保身や願望のために、人々が真実と認めざるを得ないような物語なんですね。

フーコーの振り子』に登場した編集者ベルボが語っていたことを思い出します。「かつて4人の男が物語のプロットを定めて競作をしたことがあったのかもしれない」。4人の男とは、マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネ!!!

初代神聖ローマ皇帝シャルルマーニュを自らの手で聖者に列するという離れ業で、教皇に対するフリードリヒ王の権威を取り戻させ、「戦いを望まない神の意志」を演出することで、独立色を強めるイタリア諸都市との抗争に休戦の口実を与えたバウドリーノは、パリ大学の仲間たちと「渾身の創作」を行ないます。東の果てにある、伝説の聖ヨハネの王国からフリードリヒ王に宛てた手紙を・・。

やがてバウドリーノたちは、偽造した聖杯グラダーレを返還するために聖ヨハネの王国をめざして遥かなる東方に旅立ちます。その道筋であらゆる想像上の奇人や怪物や超自然に出会ったとニケタスに語るのですが、それは真実なのでしょうか。そして、彼は聖ヨハネの王国に到達することができたのでしょうか。

「聖杯に人を引き付ける力があるのは、それが見つからないときだけ」だそうです。大切なのは聖ヨハネの王国に永遠にたどり着けないことだけであり、それだけで良かったはずですが、バウドリーノは、自ら生み出した虚構を背負ってしまいます。真実と虚構がない混ざった、多くの哀しみとともに・・。

奇人たちが語る「異端の学説」をはじめ、エーコの博学振りをたっぷりと堪能できる内容ですが、本書を「難しく」読む必要はないのでしょう。「暗黒時代」だったはずの中世が生み出した虚構が、なんと多彩で多様なことか。エーコの「遊びごころ」を、自由にお楽しみください。

2011/3