りぼんの読書ノート

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十字軍物語1(塩野七生)

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キリスト教や近代思想に基づく史観を排して、「時代の合理性」のみで歴史を解説する「塩野史観」によって書かれるにふさわしいテーマのNo.1は、二大一神教徒たちが直接対決した「十字軍」なのかもしれません。

全3巻シリーズの第1巻は全て第一次十字軍に割かれますが、全8回の十字軍の中で唯一めざましい成果をあげたのが、王侯クラスが参加していない初回だけなのですから、それも当然でしょう。

塩野さんはまず、十字軍の背景を「カノッサの屈辱」から語り始めます。教皇グレゴリウス7世に破門された神聖ローマ皇帝ハインリッヒ4世の屈辱的な謝罪は、当時の「教皇権の優位」を示す事件として有名ですが、実際の両者の力関係はその逆で、破門を解かれた後、直ちに王権を確立した皇帝はローマを包囲して教皇を追放。ローマに戻れずにサレルノで客死した教皇を継いだウルバン2世が、教皇権回復を目的に「十字軍結成」を呼びかけたというのですから、イスラム諸国にとっては迷惑な話。

ところが、苦し紛れの感がある「十字軍」の呼びかけは熱狂をもって迎えられます。隠者ピエールに率いられた数万の民衆十字軍は、悲劇ではあったものの歴史的には茶番にすぎませんでしたが、大半が次男とか甥とかの「冷や飯食い」であった西欧各地の諸侯による十字軍は、イェルサレムを含むパレスティナとシリアを占領して、「十字軍国家」群を打ち立ててしまうという大成果をあげてしまいます。西欧に傭兵派遣を求めただけだったビザンチン皇帝・アレクシオス1世の思惑も吹き飛んでしまいました。

塩野さんは第一次十字軍が成功した最大の要因を、十字軍を迎え撃ったイスラム諸侯側が、これを宗教的侵略と認識しておらず、単なる領土的侵略と考えていたことに求めています。当時、小アジアと中近東を支配していたセルジューク朝は内紛が続いて分裂状態にあって、エジプトのファティマ朝とも対立していたため、各都市領主は連携することもないままに、個別に撃破されてしまったのですね。イスラム勢力が「ジハド」を宣言して大同団結し、「キリスト教国vsイスラム教国」の図式がするのは50年後のこと。

ニカイア、アンティオキア、イェルサレムなどの都市攻城戦をつぶさに描写した本書では、ゴドフロア、ボードワン、ボエモンド、タンクレディ、サン・ジルらの主役級の人物像も生き生きと描かれます。こういう面白さがなければ、歴史は覚えられません。

ルネサンスの女たちで作家デビューして、ローマ人の物語古代ローマの通史を、ローマ亡き後の地中海世界で中世期における「海の戦い」を纏め上げた塩野さんには「陸の戦い」であった十字軍は、「締めくくり」に相当するワークなのでしょうか。イベリア半島での「レコンキスタ」は、イタリアと直接関係ありませんしね。

西欧諸国の王侯やイスラムの英雄サラディンらのビッグ・ネームや、イタリア海洋都市が登場してくる次巻以降も楽しみです。

2011/3