りぼんの読書ノート

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ふるあめりかに袖はぬらさじ(有吉佐和子)

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幕末という時代の波に呑まれていく人々を描いた傑作戯曲であり、主役の遊女お園は杉村春子さんの当たり役となりました。その後は坂東玉三郎さんによって演じ続けられている長命の作品です。

吉原から横浜に落ちてきた花魁の亀遊は、今しも楼主が彼女を異人に身請けさせる約束をしたことなど知らないまま、恋中になった通詞の藤由と結ばれない悲しさと、病の苦しさから自害してしまいます。ところが彼女は「攘夷女郎」として祭り上げられるのです。異人の身請けを拒み抜いて「露をだにいとふ倭の女郎花、ふるあめりかに袖はぬらさじ」との時世を詠んで自刃したとの虚構が上塗りされて・・。

亀遊を看取った芸者のお園は実情を知り抜いています。しかし「攘夷女郎」の名声が一人歩きし始め、虚構の上に虚構を盛っていくことが大衆ウケする中で、虚構の語り手になってしまうのです。そして何が真実なのかわからなくなってしまうんですね。ついにその虚構が覆される時が訪れるのですが、虚構の暴き手が望んだものもまた、別の虚構にすぎなかったのです。ドラマの面白さを満喫させる傑作だと思います。

併録されている「華岡青洲の妻」もまた、何度も舞台化されている作品です。麻酔薬を研究する医師・華岡青洲の人体実験材料となることを実母と妻が競い合うという恐ろしい美談から、嫁姑の対立や、女性の運命のむごさが浮かび上がってくる仕掛けは、さすがにうまいですね。

小説版では、実母と嫁と青洲の墓石の大きさが象徴的に物語を締めくくりますが、戯曲ではよりストレートな実妹の述懐がクライマックスとなっています。兄・青洲が、実母と嫁の争いに気付きながら両方を実験台として名声を築き上げたことを指摘して、「嫁にはいかない」、「二度と女に生まれ変わりたくない」とまで言わせてしまうのです。作品としては小説のほうが深いと思いますが、戯曲には戯曲の表現があるということなのでしょう。

2012/12