りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

死者を侮るなかれ(ボストン・テラン)

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本書のストーリーは極めてシンプルであり、LAの公共事業に絡む不正と金が殺人へと発展する「卑俗でありきたりの物語」に過ぎないのですが、著者の手にかかるとそれが「運命の物語」へと変貌を遂げてしまうのだから驚きです。

この物語を非凡な作品としているのは、神は銃弾のヒロイン、ケイス・ハーディンの分身のような女性たちである、ディーとシェランの母娘の存在でしょう。残虐な麻薬中毒の女性ながら、娘を愛し、娘を生き延びさせるために闘う母親のディーと、母親を忌み嫌いつつも母親の呪縛から抜け出せない娘シェランの、火花が飛び散るような感情のやりとりが凄まじいのです。

11年前、犯罪を隠蔽するために無実の男を殺害する目的で、母親ディーが待ち伏せる砂漠に男をおびき出したのは、13歳のシェランでした。しかし、仮死状態で埋葬されたその男ヴィクは墓場から生還。犯罪の暴露に自分の存在理由を賭けている情報提供者のランドシャークの助けを得て、かつて自分を陥れた陰謀に立ち向かうのですが、互いに相手の正体に気づかないままに、成長したシェランと恋に落ちてしまうんですね。

もちろん母親のディーがそれを許すはずもありません。タイトルにある「死者」とは、一度死んだヴィクのことであるのみならず、自分の死を偽装したディーのことも指しているのでしょう。

敵役の不動産業者とその一味の陰謀や人物造形はありふれていますし、父母との確執から広場恐怖症となったランドシャークがこの件に取り組む理由には危うさを感じましたが、前作と同様、感情表現を排して、行動描写と会話のみで進めるシンプルで力強い文体は健在です。というより、この文体こそが、作品の魅力の中核をなしています。翻訳者の、田口俊樹氏の力量も素晴らしいですね。

これで、翻訳されたボストン・テラン作品を4作とも読んでしまいました。どの作品も魅力的ですが、やはり最新作の音もなく少女はがベストですね。さらなる進化を遂げるであろう、次の作品が待たれます。

2011/3