1.あの本は読まれているか(ラーラ・プレスコット)
冷戦時代にCIAが、ソ連では出版禁止となっていた『ドクトル・ジバゴ』をソ連国内に流布させようとするプロパガンダ作戦を行っていたとは驚きました。公表された僅かな事実を膨らまして描かれた本書では、西側では傲慢な男たちの下で誇りを失うことなく黙々と作戦を支え続けた女性たちの強さが、東側ではパステルナークの愛人でラーラのモデルといわれるオリガの強さが描かれます。今年のベスト作品候補です。
2.戦下の淡き光(マイケル・オンダーチェ)
第二次大戦の余韻を引きずるイギリスで姿を消した母親は、息子に何を隠していたのでしょう。亡くなった母の秘密をたどる青年は、思いがけなく自分自身に関わる秘密を発見してしまうのでした。『イギリス人の患者』の著者が創り上げた物語は、、灯火管制下の薄明かりが照らすように、朧げにしか見えない真相に手さぐりで迫っていくような作品です。
3.靴ひも(ドメニコ・スタルノーネ)
30代の妻が家庭を捨てた夫に宛てた9通の手紙。夫婦関係を回復して老齢に達した夫によるモノローグ。40代になった2人の娘が兄と交わす投げやりな会話。語り手も文体も異なる3つの小説からなる本書は、全体として見事なまとまりを見せ、家族関係の難しさを浮かび上がらせる長編小説になっています。真実の叫びを隠しながら共生していくことは、大きな歪みをもたらすことになるのでしょう。
【次点】
・よそ者たちの愛(テレツィア・モーラ)
・ならずものがやってくる(ジェニファー・イーガン)
【その他今月読んだ本】
・友だち(シーグリッド・ヌーネス)
・マジカルグランマ(柚木麻子)
・流浪の月(凪良ゆう)
・トリガー(真山仁)
・嘘と正典(小川哲)
・オババコアック(ベルナルド・アチャガ)
・犯罪小説集(吉田修一)
・聖者の行進(堀田善衞)
・チンギス紀 7(北方謙三)
・幻想蒸気船(堀川アサコ)
・犬売ります(フアン・パブロ・ビジャロボス)
・覚悟の人(佐藤雅美)
・展望塔のラプンツェル(宇佐美まこと)
2020/11/30