りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

アホウドリの迷信(岸本佐知子・柴田元幸/編訳)

「日本にまだあまり紹介されていない英語圏の作家」という条件で、岸本佐知子柴田元幸が自由に選んだ短編小説集。2人とも「端っこの変なところを偏愛する」と自称するだけあって、どの作品も奇妙に心に残る場面を含んでいます。2人が対談する「競訳余話」も楽しめました。

 

「大きな赤いスーツケースを持った女の子」レイチェル・クシュナー

コロナ禍で古城に閉じ込められた作家たちが順番に「楽しい物語」を語るという『デカメロン』のような夕べで、あるノルウェー人作家が妻の通訳を介して語り始めた物語は、友人ヨハンが女の子と出会って別れるまでの経緯でした。この物語のどこが楽しいのでしょう。そしてどこまでが作り話なのでしょうか。

 

「オール女子フットボールチーム」ルイス・ノーダン

女子だけでアメフトの試合をしようという企画が起こった時、主人公の男子高校生は真剣にプレイする女子高生たちに魅了されてしまいます。しかし彼がもっとも困惑したのは、自分が女装のチアリーダーに選出されてしまったことでした。彼は自分の中に潜んでいた女性性を発見してしまったのです。しかしそれは一日限りのこと。アメリカ南部ミシシッピ・デルタに対する著者の地元愛も垣間見える作品です。

 

 

「足の悪い人にはそれぞれの歩き方がある」アン・クイン

幼い娘が暮らす家は、足の悪い祖母を中心にして大叔母や母親や叔母とか女性ばかりが同居している大所帯。彼女たちの一大イベントは、娘の父親のたまの帰宅でした。大騒ぎの一夜が過ぎて父親は再び家を出ていき、女たちは次の帰宅を待ちわびる生活に戻るのです。いっさいカンマのない文章が、混沌とした娘の心情にマッチしているようです。

 

アホウドリの迷信」デイジー・ジョンソン

海に出ていった戻ってこない男を待ちわびる、妊娠させられた10代の女の子。家に入り込んできたアホウドリは、海で死んだ男の魂を宿しているのでしょうか。それともすべては女の子の妄想にすぎないのでしょうか。

「次第に水に関する単語が増えていって、どんどん文章がびしゃびしゃになっていく」とは岸本さんの解説です。

 

「アガタの機械」カミラ・グルドーヴァ

成績優秀なアガタの家に招かれた少女は、受話器を耳にあてると頭の中にあるイメージが映し出されるという不思議な機械に魅了されてしまいます。アガタが見るピエロも、少女が見る天使も、錯覚に過ぎないのでしょうか。「現実8割、幻想2割」の作品を選んだという柴田さんですが、これは「幻想成分高め」です。ただし重要なのは、現実的な叙述のリアリティの高さそうです。

 

「野良のミルク」サブリナ・オラ・マーク

幻想成分高めの掌編3作が紹介されています。保育園で息子がミルクを飲まない奇妙な理由を説明される「野良のミルク」では、最後には母親までもが娘まみれのお母さんの娘になってしまったよう。教師をガン無視する生徒たちに執着する新米女性教師の心情を描いた「名簿」も、母親から母子関係を否定された娘がだれかれ構わず尋ねまわる「あなたがわたしの母親ですか?」も、暴走していく物語です。

 

「最後の夜」ローラ・ヴァン・デン・バーグ

精神を病んで施設に入所している3人の少女たちが、お祈りする姿で列車に轢かれて人生を終えることになる最後の夜。ただし・・・そんなことは起こらなかったというのです。もしあの列車が来ていたら時、何が起こっていたのでしょう。人生が瞬間凍結された一夜の物語は、なぜか美しくて切ないのです。

 

「引力」リディア・ユクナヴィッチ

いつの間にか始まって激化し続ける戦争から逃れるために、一家は町から出ることを決意。しかし彼らが乗ったゴムボートは転覆してしまいます。水泳の得意な姉妹はボートを曳いて、陸地に向かって泳ぎ出すのですが・・。「この物語には結末はない」けれど、「子供たちを海に追いやるのは、ほかならぬ私たちだ」と結ばれます。

 

2023/10