りぼんの読書ノート

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火星へ(メアリ・ロビネット・コワル)

1952年に巨大隕石が落下したことで存亡の危機を認識した人類が、本格的な宇宙進出を目指したという歴史改変SFシリーズの第2部にあたります。第1部『宇宙(そら)へ』で、一介の計算士から初の宇宙飛行士の一員となって月へと向かった「レディ・アストロノート」エルマが、引き続いて主人公を務めています。

 

月面着陸から3年後の1961年。月には恒久的なコロニーのアルテミスが建設されており、人類はついに火星有人探査に乗り出しました。しかし宇宙開発よりも復興に予算を回すべきとの主張も根強く、「地球ファースト」なる過激派グループも生まれています。チーフ・エンジニアのナサニエルとの結婚によっていったんは引退も考えたエルマでしたが、未知の世界への挑戦願望は強く、また宇宙開発の「広告塔」としての役割も認識して、第1次火星探検隊の一員に加わることを決意します。しかし彼女の加入はメンバー間の軋轢を生み、エルマはチーム内で孤立したまま火星への出発の日を迎えることになるのです。

 

女性に対する偏見がまだ根強い時代の物語です。優しく理解ある夫や、彼女の優秀さを認める同僚や、心の通じ合った友人たちと遠く離れたエルマが、アウェイの状況でどのように自分を見つめ直して奮起していくのか、その過程が本書のエッセンスでしょう。さらには、この時代にはまだ払拭されていない人種差別意識や、まだ容認されていない性の多様性に起因する問題も見過ごすことはできません。本書にも登場するキング牧師ノーベル平和賞受賞は1964年のことなのですから。

 

もちろん宇宙の厳しい環境のもとで起こるさまざまな不測の事態への対応も、リアルに描かれます。宇宙船内の火災や感染症の発生、船外活動を要する深刻な故障、さらには地球との交信途絶などのトラブルが頻発する中で、火星探査ミッションはどうなっていくのでしょう。

 

本書と並行して起きた月面基地の危機を描いたシリーズ第3部『無情の月』を先に読んでしまいましたが、どちらもほぼ独立した物語なので、支障ありませんでした。最初の火星入植者たちの苦闘を描く第4部は本書の直接の続編であり、来年発刊予定のようです。このシリーズはもともとブラッドベリへのオマージュとして始まったとのことで、『火星年代記』と関連するエピソードも登場するのでしょうか。翻訳の出版はいつになるのかわかりませんが、今から期待しています。

 

2023/10