りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

モノクロの街の夜明けに(ルータ・セペティス)

ルーマニア出身で最も恐ろしい人物はドラキュラではありません。24年間もの間、自分の城に居座って、2300万人もの人々に害を及ぼし、食料を、電気を、真実を、自由を奪った邪悪で残忍な人物がいたのです。その人物の名はチャウシェスク。本書はひとりの青年を語り手として、独裁時代の恐怖と、そこから立ち上がった人々の勇気を描いた小説です。

 

ごく普通の高校生であるクリスティアンは、秘密警察の諜報員によって密告者にさせられてしまいました。母親が清掃に行っているアメリカ人外交官の息子と、かつて自由主義者であった祖父をスパイするように強制されたのです。身に覚えのない些細なあやまちと、重病の祖父の薬というアメとムチから逃れることができなかったのです。家族や友人を裏切っているという罪の意識、信念に反したことをしている自分への嫌悪感、そして家族や友人の中にも密告者がいるのではないかという疑惑、彼は誰にも見せない秘密のノートに、自分の本当の気持ちを綴っていくのですが・・。

 

東欧諸国やバルト3国で自由化への動きが加速する中で、最後まで変化を拒んだのがルーマニアでした。それでも周辺諸国の情報は伝わってきます。一連の東欧革命の最後になってティミショアラで、次いでブカレストで暴動が起こり、ついに独裁は終わりを告げることになります。フィクションではあるものの多くのインタビューや歴史的事実に基づいて書かれた本書は、社会変革の高揚感とともに、そこへ至るまでの暗い日々、そして革命が遺した傷跡を丁寧に描き出しました。やはり物語の力は偉大です。クラウス・コルドンの『ベルリン3部作』を思い出しました。

 

著者はあとがきで、ルーマニアに住んでいたユダヤ人の運命について書き切れなかったことを正直に告白しています。かつて70万人いたユダヤ人がわずか3千人にまで激減してしまった背景には、どのような悲劇があったのでしょう。著者はいずれ別の作品で明らかにしてくれるのかもしれません。

 

2024/5