りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

時間はだれも待ってくれない(高野史緒/編)

「21世紀東欧SF・ファンタスチカ傑作集」と副題がついていますが、「ファンタチスカ」とはSF、ファンタジー、歴史改変小説、幻想文学、ホラー等を包括するジャンル設定であるとのこと。編者は「レムやカフカを生んだ東欧文学にはしっくりくる」と語っていますが、編者自身の作品にこそふさわしいジャンルのように思えます。

 

オーストリア「ハーベムス・パーパム(新教皇万歳)」ヘルムート・W・モンマース

ローマ帝国の後継者と自認していたハプスブルク帝国の末裔国家にふさわしい作品でしょう。遠未来、宇宙の隅々にまで布教したカトリック教会は、異星人やロボットや人類女性をも含んだ枢機卿メンバーでコンクラーヴェを行います。選ばれたヨハネ・パウロ3世とは?

 

ルーマニア「私と犬」オナ・フランツ

息子を安楽死させた父親には、その後の医療の進歩によって永い孤独な余生が残されていたのです。

 

ルーマニア「女性成功者」ロクサーナ・ブルンチェアヌ

高価なロボットの夫を購入した女性でしたが、すぐに飽きてしまいました。次の夫にも嫌気がさしてしまったのですが、どうやってスイッチを切ればよいのでしょう。

 

ベラルーシ「ブリャハ」アンドレイ・フェダレンカ

チェルノブイリ事故の後も汚染地域に残った人々にとって、毎日の生活はサバイバル状態となってしまいました。かつては「破滅SF」とか「ディストピア小説」と呼んだ世界が、ウクライナと日本に現出してしまったかのようです。

 

チェコ「もうひとつの街」ミハル・アイヴァス

実在する街の裏側に存在する異形の街に足を踏み入れてはならないのです。その街がプラハというだけで、幻想性が100倍増しですね。

 

スロヴァキア「カウントダウン」シチェファン・フスリツァ

戦闘的な「平和団体」が、欧州各地の原発へのテロを予告。それを中止させる条件は「中国の民主化」という不可能時だったのです。

 

スロヴァキア「三つの色」シチェファン・フスリツ

チェコとの関係をトラブルなく解消したスロヴァキアでしたが、千年前から互いに侵略を繰り返してきた南の隣国ハンガリーを相手とする泥沼の紛争に突入してしまいました。

 

ポーランド「時間はだれも待ってくれない」ミハウ・ストゥドニャレク

万聖節の夜に蘇るのは、過去のワルシャワ市街や建物たち。「時間は流れ去るのではなく、重層的に積み重なってゆく」というヨーロッパ的な歴史感覚が生み出した幻想にふさわしい街です。

 

東ドイツ「労働者階級の手にあるインターネット」アンゲラ&カールハインツ・シュタインミュラー

今や存在しない東ドイツドメインから届いたメールの差出人は、自分自身でした。密告と検閲が当然だった国が、平行世界に存在し続けているのでしょうか。細心の注意を払って返信を試みるのですが・・。

 

ハンガリー「盛雲(シェンユン)、庭園に隠れる者」ダルヴァシ・ラースロー

かつて竜たちが争った土地に造られた麗しい庭園の所有者のもとに現れた男は、その庭園にずっと潜んでいられるというのです。所有者の一生の間ですら。中国の奇譚小説のようですが、結末は凄絶です。

 

ラトヴィア「アスコルディーネの愛─ダウガワ河幻想─」ヤーニス・エインフェルズ

正体不明の船の登場から始まる物語は、水底から誘う女、秘密を隠した地下室、水棲生物に変身する男、旅の冒険と裏切りなどの不思議なモチーフの迷宮に入り込んでいきます。首都リガのイメージを持っていないと、楽しめない部類の作品かもしれません。

 

セルビア「列車」ゾラン・ジヴコヴィッチ

列車の1等コンパートメントで出会った相手は神でした。神はひとつだけ質問を許すのですが・・。冷戦後の東欧の混乱や内戦を考える際に「正義」や「悪」の概念は無意味だったのかもしれません。ロシアのウクライナ侵攻までは!

2023/2