りぼんの読書ノート

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夜の語り部(ラフィク・シャミ)

シリアに生まれてドイツに移住し、後に作家となった著者による寓話的な作品です。長編大河小説である『愛の裏側は闇』も傑作でしたが、著者の本領はこういう作品にあるのでしょう。

 

まだ馬車による長距離移動も一般的だった1950年代のダマスカス。乗客を飽きさせない話術で人気者だった御者のサリム爺さんが60年以上も彼とともにいた妖精に去られて、、突然言葉を失ってしまいます。ただし3か月以内に7つの特別な贈り物を手にすることができたら、若い妖精が代わりに来てくれるとのこと。それを知った7人の旧友たちは、サリム爺さんにふさわしい物語を贈ろうと試みます。

 

自分の声を悪魔に売り渡した男が取り戻した話。夢に飢えた男と夢でお腹がいっぱいになった人の話。アメリカの真実が信じてもらえずに大嘘が信用された話。世界中の嘘を知り尽くした王が知らなかった自分の国の嘘の話。自分の目にかみついた男の話。息子が欲しかった王を欺いた娘の話。典型的なアラブの物語に軍事政権とか海外事情とかの現代的な要素を加えた6人の旧友からの6つの物語は、どれも素晴らしいものでした。しかし7人目の友人は、生まれつき無口で物語など話したことなどないというのです。かわりに彼が用いた方法とは何だったのでしょう。そういえば『千夜一夜物語』の語り手は女性でしたね。

 

本書で語られる物語以上に楽しそうだったのは、幼馴染のまま年を重ねてきた老人たちの関係です。誰かが話している間にチャチャを入れたり、からかったり、別の思い出話が始まったりして、文句を言い合いながらもとても仲が良いのです。老人たちの語る物語を聞いていた少年こそ、著者なのでしょう。彼の著作は、古き良き物語を次の世代に伝えようとする試みであるように思えます。

 

2023/10