1995年の『朗読者』以来、次々とベストセラーを産み出している著者の短編小説集です。タイトルから予想できるように、さまざまな別れが鮮やかに描かれていますが、どの作品も等身大の著者の回想や後悔であるかのように思えてきます。
「人工知能」
かつて友人の海外亡命計画を東ドイツの当局に密告したことを悔やみ続けた老数学者は、友人が穏やかな死を迎えた後で、後悔の念から逃れることができるのでしょうか。その後もずっと友人であり続けた相手に、許しを請う機会は永遠に失われてしまったのです。
「アンナとのピクニック」
アパート管理人の幼い娘アンナに惹かれて、彼女の成長を静かに見守っていた男性は、なぜ成人したアンナがアパートの前で殺害されるのを黙ってみていたのでしょう。アンナは「花屋の娘を貴婦人に仕立て上げたがったいた」男性の気持ちにうんざりしていたのですが。
「姉弟の音楽」
青年時代に惹かれた女性が彼に好意を抱いたのは、足が不自由な弟の世話から逃れるためだったのでしょうか。青年は彼女に好かれるために弟とも良好な関係を築こうとしたのでしょうか。それとも彼女は自分だけが幸せになることを許せなかったのでしょうか。別離の数十年後に再会した2人は、まだ弟の呪縛から逃れられてはいないのです。
「ペンダント」
かつてホームステイに来た若い娘と浮気をして家庭を捨てた男が、死を前にして元妻に会いに来ます。それは彼女に、元夫を赦す機会を与えるためだったようなのですが、なかなか難しい心境です。この作品だけ女性の視点で描かれています。
「愛娘」
互いに再婚同士の夫婦。妻の連れ子を実の娘のように愛し続けた夫は、娘がレズビアンであることも、女性同士のカップルが人工授精によって子を得ようとする行為も受け入れます。しかし娘は思いもよらない行為に及ぶのです。間違ったことが正しい結果になることがあってもいいのかもしれません。
「島で過ごした夏」
父や兄を家に残し、母と2人だけで島での休暇を過ごした少年は、母の思いがけない一面を見てしまいます。それは少年の心にずっと続くトラウマとなって残り続けるようです。
「ダニエル、マイ・ブラザー」
死期の迫った老妻とともに自殺した兄は、自分と違って恵まれた境遇で育った弟にどのような感情を抱いていたのでしょう。それとも兄は弟の幸福と幸運を純粋に喜んでくれていたのでしょうか。死者からは何も聞き出すことなどできないのですが。
「老いたるがゆえのシミ」
妻に先立たれた老人が、かつて不倫関係を持った女性を探し出そうとしたのは、新たにやり直したいと思ったからなのでしょうか。謝罪の念からなのでしょうか。それともあらためて何かを確認しておきたかったからなのでしょうか。
「記念日」
若い女性から愛された老人は、単純に幸運を喜ぶわけにはいきません。彼は彼女に対して何も与えることができず、時が来たら彼女の人生から消え去る運命にあることがわかっているのです。しかし彼は同時に、自分が立ち去れないこともよく理解しているのです。
2023/10