りぼんの読書ノート

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愛の深まり(アリス・マンロー)

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新潮クレストブックス」からの出版が多い著者の作品ですが、本書は渓流社からの出版です。1986年の作品なので、木星の月善き女の愛の間に書かれた、円熟期の作品ですね。時系列を行き来しながら過去の後悔や誤解を冷静に綴って行く独特のスタイルが、全ての短編で貫かれています。

「愛の深まり」
母の訃報を聞いて、母から聞かされていた祖母の自殺未遂事件を思い出した主人公ですが、妹が教えてくれた真実は、それとは全然違う物語でした。信仰心の強かった母は、祖母を苦しめた祖父を憎むあまりに、結果的に娘たちの将来を閉ざしてしまったのでしょうか。自分の人生が母の歪んだ価値観に影響されていたことを知って、愕然とする瞬間が訪れます。

「コケ」
現在の恋人を連れて前妻の家を訪問した男性は、さらに別の女性に夢中になっているようです。それは彼の片思いでしかないようですが、その女性の写真を前妻にみせつけるなんて、悪趣味もいいところ。新たな波乱が起きそうですね。

ムッシュ・レ・ドゥ・シャポ」
臨時雇いの用務員になり、帽子を2つ被る奇妙な姿で学校の芝刈りをする弟は、発達障害でもあるのでしょうか。その姿を見守る教師の兄には、少年時代に誤って弟を撃ってしまいそうになった過去がありました。兄は弟に対して、複雑な気持ちを抱き続けているようです。

モンタナ州、マイルズ・シティ」
幼い2人の娘を連れて大陸を横断して故郷へとドライブする夫婦が、途中のプールで溺れそうになった末娘を危うい所で助け出します。必ずしもうまくいっていない夫婦でしたが、このちょっとした奇跡が、今後も訪れるであろう夫婦の危機を乗り越えさせてくれるのかもしれません。

「発作」
60歳すぎの隣人夫妻が心中。発見者となった隣家の女性が、警察に通報した後、夫にも同僚にもその話をしなかったのはなぜなのでしょうか。妻の微妙な嘘をさりげなく受け入れる夫の態度は、好ましく難じられます。

「オレンジ・ストリート、スケートリンクの月」
定年後に学生時代に暮らした町を再訪した男が、当時下宿先で働いていた身元不明の少女と再会。実は彼女は男と同居していた従弟と結婚して、ずっとその町で暮らしていたのです。その少女と過ちを犯した従弟は、町から逃げ出そうとした過去もあったのですが。

「ジェスとメリベス」
ちょっとした嘘をきっかけに別れた学生時代の親友と再会した女性は、自分がずっと同じ場所に留まり続けていたことに気付かされます。彼女はやっと、青春時代が永遠に続いていくと思っていた錯覚から醒めたのでしょう。

エスキモー」
同行の男性からDVを受けているようなエスキモーの少女と機内で出会った看護婦ですが、本人から頼まれない限り何もしてあげられません。彼女は病院の救急室にいるような錯覚に襲われます。

「おかしな血筋」
妹が父親に出した脅迫状のせいで結婚できなかった姉の物語。第1部の少女時代は一人称、第2部の中年期から死までは甥の視点から三人称で描かれます。彼女が晩年まで古いトランクに保存しておきながら、死の寸前に焼き払おうとした紙束には何が記されていたのでしょう。

「祈りの輪」
親しくもなかった同級生の葬儀で、夫の母の形見のネックレスを棺に落し入れた娘を責める母。その出来事は、2度も繰り返された夫との別れを思い出させてしまったようです。

「白いお菓子の山」
父が義母と暮らす家を訪問する娘。彼女は、スカンジナビア語の教員だった祖母を飛行機の乗せた日に、母の不倫が始まったことを思い出します。母が後に「一番情熱的で一番みじめだった」と語った不倫はすぐに破綻したものの、それが離婚の原因となったのでした。表面だけはキラキラして素晴らしいものに見える、菓子工場の廃棄原料の塊とは、不倫と結婚のどちらに例えられたものだったのでしょう。

2018/7