りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

惨憺たる光(ペク・スリン)

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書肆侃侃房による「韓国女性文学シリーズ」の第6弾にあたります。タイトルからして矛盾に満ちた言葉なのですが、これは単純な光と闇の対比を意味するものではなさそうです。「光は闇の中でのみ揺らめくことができる」のと同様に、「幸せは痛ましい何かを背景としてのみ可能なのだ」という著者の言葉は、鋭敏すぎる感性の現われなのでしょうか。

 

「ストロベリー・フィールド」

ビートルズに成り損なったというのが口癖のろくでなしの父親を持つ青年は、なぜ恋人との別れを決意したのでしょう。恋人だった女性の友人であり、リバプールを訪ねて観光バスに乗る語り手は、一度だけその青年と関係を持ったことがあるのですが・・。

 

「時差」

家族と折り合いが悪かった伯母のことをよく知らずにいた姪は、伯母がオランダで生んだという従兄の韓国訪問に付き合わされます。過去を飛び越える際には「時差」も障害になるのですが、2人の時間は動き始めるのかもしれません。

 

「夏の正午」

パリに留学中の兄を訪ねた際に兄の日本人の友人に恋した少女は、大人になって再訪したパリで、まだそこにいる彼を訪ねようとしています。かつて「自分の国で異邦人として生きるほうが寂しい」と語った彼には、いつも死の影が差していたように思えるのですが。

 

「初恋」

初恋相手からの久々の連絡は何を意味しているのでしょうか。淡い恋心が解けて消え去る瞬間が描かれます。

 

「中国人の祖母」

祖父の再婚相手が中国から韓国に来てとどまった女性であることなど、隠していたわけではないものの、誰にも話したことはありませんでした。義祖母と孫娘には、たった一度だけ、心を通わせたと思えた瞬間があったのですが。

 

「惨憺たる光」

映画祭に招待されたドイツ人女性監督をアテンドすることになった取材者は、彼女がトンネルを病的に怖れる理由を聞いてしまいました。彼女の恐怖心は国境も時差も超えて、痛いほどの光の中で取材者に迫ってくることになるなど、知る由もなく。

 

「氾濫のとき」

かつて画才を嘱望されてヴェネツィアに移り住んだ男は、異常な趣味を持つ妻とともに闇民宿を営んでいます。民宿を訪れた後輩の毒殺は幻影だったとしても、2人とも全てが可能だった時代に戻れはしないのです。

 

「北西の港」

ドイツ出張の合間に父の初恋の人と会おうとした青年が探し当てた相手は、全くの別人にすぎない女性の娘でした。しかし美しい港を眺める青年の脳裏に浮かんだのは、醜く老いた父の姿ではなく、異郷で別れようとしている若い男女の面影だったのです。

 

「途上の友たち」

学生時代の思い出の地へと旅行した2人組の女性は、かつてはもうひとり一緒だったことを意識せざるを得ません。作家志望で意識的に楽観的な作品を書いていた女性の不在には、どのような理由があるのでしょう。

 

「国境の夜」

珍しくファンタジックな作品です。母親の子宮に14年間とどまっていた胎児が、この世に生まれ出ることを望んだのは、両親が1995年にドイツとチェコの間の国境を越えた夜のことでした。国境とか分断という言葉に敏感な韓国人作家は、東欧の解放に希望を見たのでしょうか。胎児が身籠られたのは、光州事件を起こした軍事独裁者が再選された1981年です。

 

2022/2