りぼんの読書ノート

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すべての小さきもののために(ウォーカー・ハミルトン)

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家出をした少年がイギリス南西部の辺境であるコーンウォールの森に迷い込み、自然を破壊する現代社会を憎む森の妖精のような老人と遭遇する物語・・と思ったら、主人公のボビーは31歳の青年でした。しかし彼は、幼い頃の自動車事故がもとで成長が遅れ、傷つきやすく無垢な心を持ったまま育っていたのです。過保護ともいえる愛情を注いでくれた母親の死後、冷酷非情に彼を虐待する義父デブから逃げ出してきたのでした。もちろん森の老人サマーズも、童話のような人生を歩んできたわけではありません。彼には彼のやむを得ない事情があったのです。

 

ともあれボビーは、人間のせいで命を失った小さきものたちを埋葬し続けるサマーズを手伝いながら、自分の頭で考えて行動することを少しずつ覚えていきます。暴走する車に石を投げつけたり、平気で昆虫を殺す採集家たちの邪魔をしたりするのですが、この程度なら可愛いもの。しかしボビーを知るデブの使用人に見つかったことで、ボビーの平和な生活は破られてしまいます。彼は果たして、自分たちとは違うものを排除する社会と、現代文明の悪の象徴として描かれるデブに立ち向かうことができるのでしょうか。

 

1934年にスコットランドで生まれた著者は、本書が出版された翌年の1969年に、30代半ばという若さで早世してしまいました。ベトナム反戦運動やヒッピー文化が花開いたころに書かれた本書には、時代の精神が色濃く投影されていますが、当時とは比較しようもないほどに環境破壊が進む現代社会を見たら、著者は何を思うのでしょう。すべての生あるものを見て「あれは命だよ」と語るサマーズ老人の境地が、あまりにも遠いものに思えてしまいます。

 

2021/9