りぼんの読書ノート

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老ピノッキオ、ヴェネツィアに帰る(ロバート・クーヴァー)

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ピノキオ」というとディズニーアニメを思い起こす人が多いでしょうが、カルロ・コロディによる原作は、もっと残酷で荒唐無稽な要素に満ちた物語。そんなアメリカ的なイメージを覆すには、原作を紹介するだけでも良いのでしょうが、著者はさらに毒を盛り込んだ後日談を作り上げました。ディズニーアニメはもとより、原作にも思いもよらない地点に着地していく傑作パロディです。

 

ピノキオが人間となってから100年後の20世紀末、学問を修めてノーベル賞も受賞した大学教授となり、ハリウッドで親交を深めたウォルト・ディズニーによる自伝的な映画にも関わったピノキオも、すでに老境を迎えています。自伝の最後の1章を書き上げるために故郷ヴェネツィアに里帰りしたものの、到着早々にキツネとネコの2人組の詐欺師に騙されて身ぐるみはがされてしまうという波乱の幕開け。そんな彼を救ったのは老いたマスチフ犬のアリドーロでした。もちろんキツネもネコもマスチフ犬もオリジナル版の登場メンバー。彼らもまた年老いて、ピノキオの帰還を待っていたのです。ただしゼベット爺さんはさすがに亡くなっている様子。

 

しかしこのままでは済みません。物語は舞台をおもちゃ宮殿やカーニバル広場に移しながら暴走を深めていきます。かつてサーカスで同僚だった人形劇団はテロリスト集団となって、彼をいじめたわんぱく小僧のエウジェーニオは大富豪となって登場。そしてセックスアピールを撒き散らすおバカなアメリカ娘のブルーベルは、ピノキオにとって姉や母や恋人的な存在であった青い髪の妖精にほかなりません。

 

人間の理性を重んじたペトラルカを師と仰いできたピノキオは、ブルーベルに対して欲情を抱いてしまいます。かなりのエログロも含む大混乱の中で、ピノキオは悲惨な目に遭うたびに少しずつ肉体を失っていきます。やがて古い教会にたどりついたピノキオは、青い髪の妖精に変身した聖母像の前で最後の望みを口にするのでした。それは知識人として過ごした輝かしい人生も、原作も、アニメも覆してしまう望みだったのですが・・。

 

本書を「アメリカが世界の模範であることを放棄する」という政治的な小説として読むことも可能なのでしょう。1991年に書かれた作品ですが、2001年以降のアメリカの衰退を予言しているかのようです。しかし欲情を抱きながら瀕死の身体で魔都ヴェネツィアを彷徨うピノキオの姿からは、『ベニスに死す(トーマス・マン)』のアッシェンバッハが連想されてしまうのです。

 

2020/12