時代は明治15年といいますから、西南戦争の開始までを描いた『警視庁草紙』から5年後。自由民権運動の高揚期を背景にして、元会津藩町方同心の干潟干兵衛が御者をする辻馬車が、孫娘のお雛とともに、東京の街を走ります。
妻のお宵を会津落城の折に、次いで息子の蔵太朗を西南戦争にて失っている干兵衛にとって、お雛だけが唯一の生きる希望なのですが、彼の周りには不思議なことが起こるのです。それは、お雛が危急を告げると、死んだ息子や妻が幽霊となって現れること。いつしか、干兵衛の馬車は「幽霊馬車」と言われるようになります。
幕末から明治の有名人が次々と現れて虚実混交の物語を彩るのは『警視庁草紙』と同様ですが、この本の場合にも「刑法第126条」という大きな筋が一本通っています。内乱罪という国家にとっての最高刑を求める罪状が、自首した場合には無罪放免となるのか。
その理由は、過激化する自由民権運動の内部に、政府が次々と送り込む密偵の存在にあります。自らもメンバーとなって練り上げた暗殺や蜂起の情報を密告する密偵たちを救済するために、この条項があるんですね。権力というものは、怖ろしいことを考え出すものです。
はじめは傍観者でありながら、次第に自由民権の壮士たちに肩入れするようになり、最後には「戦中派が赤軍派をみるようなもの」と言いながらも、大義のために殺人を犯す壮士を許さず、老国学者の錦織晩香先生とともに加波山へと向かう干兵衛の立場は、著者と重なります。
自由民権運動を弾圧する悪役として描かれている、福島と栃木の県令を兼ねる三島通庸は、私にとっても悪役です。こいつが、栃木県の県庁を、我が栃木市から宇都宮市へと移してしまった張本人なんですから! 鯉沼という壮士が登場しますが、地元の姓です。「栃木市には自由民権論者が多かったから」と、郷土史に詳しい先生が言っていました。
仕掛花火に似た命:峰吉殺しで「明治一代女」と騒がれたお梅の前身は悲しいものでした。
開化の手品師:オッペケペで売り出した川上音太郎や、後に妻となる貞奴らが登場。
その男:江戸期の剣豪・斎藤新太郎の息子たち、弥九郎と歓乃助の末路は・・。
刑法第126条:内乱を自首すると無罪になるからくりを、国学者の晩香先生が明かします。
2009/4