りぼんの読書ノート

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家、家にあらず(松井今朝子)

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文庫の解説にもあるように、本書は『レベッカ』にも比肩するゴシック・ロマンです。ただし主人公は、古い洋館に嫁いだ若奥様ではなく、大名屋敷の奥御殿に奉公する若い女中。

同心の娘・瑞江は母を亡くした直後、「伯母」と名乗る女性の紹介で彼女が年寄役を務めている大名屋敷に奉公にあがるのですが、権力者の縁者であると知れたために、朋輩から陰湿な苛めにさらされてしまいます。

その直後、宿下がりしていた御殿女中が歌舞伎役者と心中事件を起こし、娘の父親である同心が捜査にあたるのですが、大名屋敷の奥御殿では、老女が自殺したり、藩主の乳母を勤めた女性が狂女に刺殺されたりする事件が立て続けに起こります。大名家でいったい何が起きているのか。半ば幽閉された環境の中で、破滅の予感におののきながらも、「家」が持っている謎に挑戦するヒロインと言ったら、やっぱり『レベッカ』ですよね。

でも、本書はそれだけでは終わりません。タイトルは世阿弥の『風姿花伝』にある「家、家にあらず。継ぐをもて家とす」との一文から取られているとのことですが、謎が解決したときに現れてくるのは、この言葉から想像される大名家の跡継ぎに関わる重大な秘密だけではないのです。

逆に、「家でない」ものを「家とした」女性たちの優しさと逞しさが見えてくるのです。亡き母(この言葉にも二重性があります)への限りない感謝の念を抱くヒロインもまた、当時の女性を巡る数多い制約の中においても、自らの進む道を自らの意思で選ぶこともできるという誇りを持って、「彼女の家」を作っていくのでしょう。もちろんしっかりした構成ですから、ミステリ・ファンも楽しめる作品ではないかと思います。

2009/4