りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

エ/ン/ジ/ン(中島京子)

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かつて迷子を売り物としたツアーで実際に失踪した男性の捜索が、吉田超人(ウルトラマン)が香港にいるという伝説と結びついていくツアー1989と似たテイストの小説です。

身に覚えのない幼稚園の同窓会の招待状を受け取った葛見隆一は、人嫌いだったという父親を探している女性ミライと出会います。「父親のことをいつか教えてくれる」と約束していた母が痴呆となってしまったので、自分で探そうとしている・・というのです。手がかりは隆一が持っていた一枚の写真と、母が時たまもらす断片的な言葉だけ。彼のあだ名であった「エンジン」とは、動力のエンジンではなく、「厭人」であり「猿人」です。

本書で大きな役割を果たす「宇宙猿人ゴリ」という70年代の特撮番組は、惑星Eから追放され、美しい地球の環境破壊を進める愚かな人間たちを、その汚染物質で作り出した怪獣で退治して自らの国を作ろうとした(ゴリラそっくりの)宇宙人科学者ゴリを主人公としています。「地球征服をもくろむ悪役を正義の味方が救う」という単純な構図ではなく、人間の愚行に対する批判と、「正義」を行なっているつもりが、いつの間にかヒーローのスペクトルマンに退治される「悪役」になってしまっているという、哀しいジレンマの物語なんですね。

父親の捜索から浮かび上がってきたのは「70年代」という時代です。爆弾つくりの天才だったとも言われる父親が、「正義」を行なっていたはずの学生運動が変質していく中で「厭人」となっていったように思える、いくつかのエピソード。ドイツの自由主義的教育を導入しようとして、「自由な保育園」を作ろうとした母親の試みが、世間と仲間の批判と、園児の起こした小火騒動のせいで挫折したこと。

隆一とミライだけでなく、途中まで伏せられている語り手まで巻き込んでいく「時代」の検証。それは、古い価値観から脱しようとするいくつもの新しい価値観がせめぎあって消えていく過程で、迷い道に入ってしまった人々を語ることに繋がっていきます。

2009/4