りぼんの読書ノート

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イノセントゲリラの祝祭(海堂尊)

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バチスタ』の真の主役は「AI(オートプシー・イメージング )」なる死亡時画像診断でした。難度の高い手術中の死亡という、失敗しても誰も死因を疑わない状況下での犯罪を暴いたのは、手術対象とは関わりない箇所での異常だったのです。

日本における死亡時病理解剖の比率は2%程度しかなく、大半の人の死因が不明のままであるという事実に対する危惧が、著者の執筆動機です。AIを用いれば、解剖に対する心理的抵抗や解剖にかかる費用負担問題などの障害を取り除くことができるのに、なぜ普及しないのか。

厚労省の意図的な無為無策ぶり、医学界にはびこる解剖至上主義などの問題が、諮問委員会での論争の中で浮き彫りにされますが、どうやら根本的な問題は「司法に対する医療の従属」ではないかというところまで、著者の主張は突き進むのです。

司法解剖」という言葉が示すとおり、司法の指示があってはじめて解剖が行なわれることに加え、死因不明のままでは医療事故の有無も永遠にわからない。遺族側には常に泣き寝入りのリスクがあり、医師だって証拠もないのに有罪にされるリスクが放置されている。著者の主張は「医療と司法の分離」を目的とした「医療庁」の設立というのですから壮大です。

さて小説的には、厚労省の異端児「火喰い鳥」こと白鳥と、彼の策謀で諮問委員に抜擢された「愚痴外来」こと田口が縦横無尽の活躍・・と行きたいところですが、ここまで壮大な主張を大上段に振りかぶって行なうには、もうひとりの異端児が必要でした。その男・彦根はなかなかの情熱家で策士なのですが、場違いな場所での大演説と、ほとんど登場しなかったシモンという女性との関係が気になります。

小説としての完成度はともかくとして、著者の主張は明確に伝わります。このテーマでの続編がありそうです。白鳥が呼ばれた、官僚間での「円卓会議」とやらもこれからですし。

2009/4