りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

ものすごくうるさくて、ありえないほど近い(ジョナサン・サフラン・フォア)

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9.11から2年後、テロのよる父親の死を受容できないままの9歳の少年オスカーは、父親のクローゼットから見つけた鍵に合う鍵穴を求めてニューヨーク中を探し回ります。オスカーは、生前の父親を知る人と会ってみたいのです。「パパがどんなふうに死んだか知る必要があるんだ。そしたらどんな死に方をしたか発明しなくてもよくなるから」

その冒険譚の間に挿入されるのは、二組の手紙。オスカーの父親の誕生以前に失踪した祖父が、生涯会うことのなかった息子に向けて書き綴りながらついに出せなかった手紙と、祖母からオスカーに向けて書かれる手紙です。

そこで明かされるのは、祖父の失踪の謎。ドレスデン空襲で恋人を失い言葉を奪われた祖父は、恋人の妹と結婚したものの、これ以上の愛する人の死に耐えられず、ついには息子の誕生すら怖れるようになって祖母のもとから失踪してしまったんですね。

圧倒的な力で襲いかかってくる歴史の悲劇に愛する者を奪われる悲しみから眼をそむけようとする自然な感情は、オスカーのトラウマと同根です。オスカーは父親の死を意識するのが怖くて、最期の瞬間まで家族と連絡をとろうとし続けた父親の電話に出ることができなかったのですから。

しかし生き残った者は、愛する者の死を乗り越えていかねばなりません。夫に対する祖母の愛情が、長い年月の後で最終的に祖父を連れ戻したように、オスカーも母親の愛情と、さらには探索の過程で出会った人々がそれぞれ抱えている喪失体験を知ることによって、そのきっかけを掴んだようです。「落ちる男」の連続写真を逆順にして「浮かびあがる男」と見なす巻末の写真ページは読者に鮮烈な印象を残してくれますが、オスカーの到達点でもあるのでしょう。

オスカーの口癖の「ものすごく: extremely」と「ありえないほど: incredibly」がとっても効果的に使われています。オスカーと周囲の人々との関係も、読者との関係も「ありえないほど近かった」のですから。

2011/11