りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

馬を盗みに(ペール・ペッテルソン)

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3年前に妻を亡くし、父親を気遣う娘たちにも居所を報せずにノルウェー東部の湖のほとりに流れ着いて一人で暮らしている、老境にさしかかった男が主人公。ある日、近くに住む男が実は少年時代の友人の弟であることに気づいたことから、長い間封印していた50年前の夏のできごとに想いを馳せていきます。

1948年の夏。友人に誘われて「馬を盗みに」といっても、放牧場の馬を無断で乗り回す遊びに出かけた少年は、友人の様子がおかしいことに気づきます。後に知らされたのは、その友人が不注意から弾をこめたままにしていた銃で、幼い弟が双子の兄弟を誤って射殺してしまったという事実。友人は弟の葬儀のあとで失踪。

そしてもうひとつの失踪、母や息子を置き去りにしての父親の失踪が起こります。あの夏、父に連れられて材木の伐採に出かけ、父とともにスウェーデンに越境し、父が対独レジスタンスの活動家だったという秘密をほのめかされて、男どうしの連帯感を築きえたと思った瞬間は何だったのか。

主人公のその後ついてはほとんど語られませんし、なぜ現在このような暮らしを選んだのかも読者の想像に委ねられたままなのですが、50年前の夏に起きた2つの失踪事件が、彼の人生に大きな影響を与えたであろうことは推測されます。それはもう、今さら克服すべきことでもないのかもしれませんし。

ただ主人公が愛読しているものの、読むたびに恐れを抱くという『ディヴィッド・カパーフィールド』の冒頭の一節が、強い余韻を遺して物語は終わります。「私自身の伝記ともいうべきこの物語で、果して私が主人公ということになるか、それともその位置は、誰かほかの人間によって取って代られてしまうのか」。いったい、他の人間が自分の人生の主人公となるなんてことがありえるのか・・。

優れた小説からは「人生」というものを感じさせられます。

2011/11