りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

坂の途中の家(角田光代)

イメージ 1

ストーリーはシンプルです。2歳児の育児に追われる専業主婦の里沙子が、30代女性の水穂が乳幼児の虐待死で訴えられた事件の裁判員に選ばれるというもの。提起された問題は、「普通の主婦が普通の主婦を裁く」ということに留まりません。証言を聞いていくうちに、被告が陥っていた境遇が、自分自身の日常生活と重なっていくのです。

それは「育児」という世界に押しこめられた母親たちの、孤独と疲弊と焦燥にほかなりません。育児に理解あるという夫も、孫を可愛がる姑も、古い常識に囚われる両親も、母性愛を信仰する世間も、母親の責任を肩代わりしてくれる存在ではなく「後ろめたさ」を感じさせるプレッシャーでしかないという状況には、救いがあるのでしょうか。証言を聞いていく中で里沙子は、最愛の娘を殺した母親は私であってもおかしくないとまで、精神的に追い詰められてしまうのですが・・。

しかし本書のテーマは「育児期の母親の悩み」に留まりません。結局のところ、これらのプレッシャーはモラハラなのですね。身近な者に対してすら自分が優位に立つために、相手の言動を歪めて矮小化して貶めるという人間が、世間には大勢いそうです。モラハラを行う者こそがコンプレックスを抱いた卑小な人間であることに気付いた里沙子が、いい意味で開き直って欲しいものです。裁判で知り合った女性と出かけるラストには、かすかな曙光も感じられました。

2017/8