りぼんの読書ノート

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我らが少女A(髙村薫)

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2012年の『冷血』以来、7年ぶりの合田雄一郎シリーズです。57歳となった合田は既に第一線を退いており、警察大学で教鞭を執っています。ここで2年ほど教えた後に本庁に戻って管理官となるというのが、警察官のエリートコースのひとつだそうですから、無理のない設定。 

 

池袋で27歳の風俗嬢が殺害されたことから、東京郊外の野川公園で写生中の元中学美術教師が殺害された12年前の未解決事件が動き出します。その風俗嬢・朱美は、現場で拾ったという絵の具のチューブを持っていたというのです。その事件の捜査責任者だった合田は、現在の特命班に協力しながらも、当時見落としていたことを再発見していくのでした。そして新たな証言も得られます。 

 

当時15歳の中学生たちは大人になっています。被害者の孫娘の真弓は結婚して出産を控えています。被害者の教え子であった小野雄太は、西武多摩川駅員となり警察大学に通う合田と毎日顔を合わせています。真弓のストーカーだという疑いを当時かけられていたADHDの浅井忍は、今もゲームに夢中で仕事を転々としています。朱美の遊び仲間だったミラやリナらも、今はまじめに働いているようです。そして朱美と付き合っていたことが判明した悠一。彼らが再構成を余儀なくされた朱美の記憶とはどのようなものだったのでしょう。 

 

本書の中の美しいエピソードは、被害者の娘で真由美の母親である雪子と、加害者かもしれない朱美の母親である亜沙子の間に生まれた友情です。生まれも育ちも暮らしぶりも異なる2人の中年女性が、心を通じ合わせて互いを気に掛けるようになるなんて、12年前の事件当時でばありえなかったこと。彼女たちを結びつけたのは、それぞれ失った者たちへの想いであったのかもしれません。 

 

そして『我らが少女A』というタイトルの意味が浮かび上がってきます。本書の中心テーマは、過去の事件を解決することではありません。当時の事件関係者たちが12年の時を経てどのような人生を歩んでいるのか。その事件は彼らの記憶の中でどのように消化されていたのか。それぞれ過去と折り合いをつけて生きてきたはずだったのに、亡霊のように蘇ってきた「少女A=朱美」の共同幻想は、再び彼らの人生にどのような影響を与えていくか。こういったことが丁寧に描かれていくのです。 

 

それは同時に合田が、事件関係者に抱く思いでもあるようです。巨悪に対する激しい怒りでも、人間性に対する深い洞察でもなく、優しさを前面に出すようになった合田は老いたのでしょうか。そうではないことを、次の作品で示して欲しいものですが・・。 

 

2020/7