『マークスの山』、『照柿』、『レディ・ジョーカー』の主人公であった刑事・合田雄一郎が殺人事件に挑むという構図は、著者の「ミステリ回帰」を期待させます。しかも、クリスマスに起きた「一家四人殺人事件」だといいますから、『レディ・ジョーカー』が「グリコ・森永事件」から着想を得た作品であったように、2000年の暮に起きて未解決の「世田谷一家殺害事件」に対する作家的な挑戦ではないかとも思わせます。
しかし、「第1章・事件」で既に犯人像は明らかであり、早くも「第2章・警察」で逮捕されてしまいます。ここまでの上巻を読む限り、過去のミステリ作品のような意外性もありませんし、犯人も魅力ではないんですね。では本書はタイトル通り、カポーティの名作『冷血』へのオマージュなのでしょうか。
確かに、丁寧に描写される被害者家族の肖像や、2人組の加害者の丁寧な人物描写は、カポーティの作品を髣髴とさせますが、これはまだ「第1章」でしかありません。もちろん捜査の過程も見事な「警察小説」になっていますが、これもまだ「第2章」。つまり、カポーティ的な要素は物語の始まりにすぎず、逮捕劇もまた物語の終わりではないんですね。
高村さん独特の「人間存在の根源への肉薄」や、「現代社会を切り裂く視点」は、下巻で展開されるのでしょう。『晴子情歌』から『新リア王』を経て『太陽を曳く馬』に至った近年の作品でも、期待は裏切られなかったどころか、遥かに凌駕されたわけですから・・。
2013/5