りぼんの読書ノート

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マルドゥック・ヴェロシティ(冲方丁)

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マルドゥック・スクランブルの前日譚である本書は、本編で敵役となるディムズデイル=ボイルドを主人公として、異能力者による証人保護システム「09」の誕生から、ボイルドが虚無に飲み込まれてしまうまでのいきさつを描いた物語。

ボイルド/薬物中毒状態で友軍を誤爆。軍研究所の実験台化。擬似重力発生と無睡眠能力を獲得。脳裏を苛む墜落のビジョン。異能力を備えた仲間たちとの交流。

ウフコック/知能を持つ万能兵器にして無垢の良心たるネズミ。ボイルドのパートナー。ボイルドの虚無を癒せる存在。ボイルドを現実世界に繋ぎとめる存在。

「09」/終戦による軍研究所の解体。研究を指導してきた3博士の分裂。クリストファー博士によって合法化された「09」の誕生。異形の暗殺者集団「カトル・カール」との壮絶な戦い。裏に潜む巨大な陰謀。

陰謀/オクトーバー一族の野望と秘密。共同人格体「シザーズ」の大都会への浸透。3博士の末路。巨大化する虚無。二重三重の裏切りと陰謀。

ボイルド/愛する者たちの喪失。自分の誕生すら陰謀の一部。虚無との対決。ウフコックの濫用。大都会の虚無へと向かう加速の開始・・。

「09」対「カトル・カール」の闘いは、『サイボーグ009』や山田風太郎さんの『忍法帳』を思わせますし、コマ割のような簡潔な文体も効果的です。「カトル・カール」のメンバーが揃って非人間的な点は気になりますが、そこにも秘密があったのですね。

ラストで明らかになる巨大な陰謀の首謀者と動機は、戦闘の壮絶さと見合っていないようにも思えますが、ボイルドを虚無へと突き動かしたものは「大都会」そのものだったのでしょう。虚無と一体化するに至る爆心地はあっても、虚無には中心点などないのでしょうから。

ともかく楽しい作品でした。ついでに、エルロイの「LA4部作」も読み返してみたくなりました。ボイルドとの対決を制した少女、虚無ともウフコックとも共生しえるまでに進化したバロットの活躍する続編『アノニマス』も早く読みたいものです。でも著者は「文学路線」に入ってしまったようですから、当分は無理なのでしょうか。

2013/5